2章 第13話

「お帰り…って、そっちの人は?」

「ルウ!?お前、何で此処に…。」

とある部屋に案内されると、ソファーに腰掛けたルウが居た。シノの存在を認識すると、怪訝そうに首を傾げる。

「さっき渡したでしょ?ルウが作った解毒剤。実は、三人目の被害者から検出された毒を私が分析して、それを元に此処で薬を作って貰ってたの。何時また被害が出るか分からなかったし。」

通りで、一風変わった部屋模様だと思った。見た事もない機材や書類、本がかなりの面積を陣取り、フラスコや試験管等の器具も見受けられる。どうやら、彼女の研究所として使われている場所らしい。

「成程…って、一応生徒のルウを使うなよ…。というか、それで本当に解毒剤作り上げるお前もヤバくないか…?」

「前も言ったでしょ、知識はそれなりにあるって。それで、もう一度聞くけど、そっちの彼は?」

その言葉に、驚きに支配されつい紹介を忘れていた事に気付いたノアは、慌ててシノを近くの椅子に腰掛けさせた。

「こいつはシノ。俺と同じ白き鷹ブランファルケのメンバーなんだが…お前に診て欲しいんだ。さっきまで例の毒にやられててさ…。」

「ふーん…。ま、別に良いけどね。彼女に渡した解毒剤も、限りなく完成に近いものだったし、後出来るのは持続性のある薬を投与する位だと思うけど。」

そう言いながら立ち上がると、彼は近くにある鍵付きのガラス棚に向かった。

「…君、ノア君の知り合い?そんなもの作っちゃうなんて、すごいね〜。」

ルウと対面してから、初めて口を開くシノ。口調はおおらかだが、ほんの僅かに警戒心を感じる。

「別に…。そっちが射ちたくないなら僕も無理にやるつもりはないけど、どうする?」

いつもと同じ筈なのに、ルウの方も何処か固い印象を受ける。二人の間に見えない氷があるかの様に思えて、体感温度が低くなった。

「まぁ…ノア君と仲良さそうだし、折角だからお願いしようかな。」

「…随分彼を信用してるみたいだね。」

まるで敵意丸出しなシノと、それを流しながらも嫌味たらしく返すルウ。両者の間に挟まれたノアは、一体どうすれば良いのか分からない気持ちを全身で表現していた。ジュリナにSOSの目を向けるが、苦笑いで返されるだけだった。

「そりゃ、今まで一緒に戦ってきた仲だからね。信頼関係がないとやってけないでしょ?」

「でも、誰彼構わず信じる性格じゃないと思うけど、君。」

的確すぎる指摘に、ノアは一瞬ヒヤッとした。シノも思いもよらなかった言葉なのか、刹那の間だけ真顔に変わる。しかしそれは見間違えだったのかと思う程の時間。そしてシノは再び元の表情に戻した。目だけは鋭さを保ったままで。

「…何でそう思ったのかな?」

「何で、か…。強いて言うなら、勘かな。気に触ったなら謝るよ。つい、似てる気がしたから。」

「似てる…?」

ルウはその疑問には答えないまま、棚から取り出した液体と注射器、チューブ等の医療器具一式を持ってソファに近付く。

「…うん、血色も良くなってきてるし、脈も安定してる。君、何処か身体に異常はある?」

自身の顔や手首を触り、状態を確かめているルウを数秒怪訝そうに見つめていたシノだったが、やがて少し考える素振りを見せた後、頭を横に振った。

「いや、大丈夫。」

「そ。じゃ、手出して。」

素直に従ったシノの左腕を取り、淡々と進めていくルウ。彼の長めの髪が、動きに合わせて微妙に揺れていた。そんな姿が、何故か寂しげに見え、不思議な感覚を味わう。何故そう思ったのだろうか。

「…はい、終わったよ。」

ノアが首を捻っている間に処置が完了し、シノは小さく、ありがとうと呟いた。声色だけは優しげだ。

「さて、一段落した所で、シノ君…だよね?この街に来たのは君一人だけなの?」

「…あ。」

彼女の問いかけに、シノとノアは同時に口を開ける。

「…ヤバい。僕の他にはリナと…ラリアちゃんも来てるんだけど…。待ち合わせ時間とっくに過ぎてるや。予定は二時だったのに…。」

「って、もう三時じゃねぇか!?すぐ探しに行かないと!」

「…行くの?」

そう言ったルウは、やはり何処か寂しげな、憂いた瞳をしている気がした。その理由が分からないノアは戸惑う事しか出来ない。

「あ、ああ…。すぐに…とは言いきれねえねぇけど、見つけだして戻ってくるからさ!」

「勿論僕も行くよ。調子もかなり良くなったからね。」

「よし、じゃあまた後でな!」

「…じゃあね。」

彼の返事と様子に何か引っ掛かりを覚えながらも、二人は残りの仲間を探す為に街へと駆け出した。

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