1章 第2話
「……。」
「……。」
ジュリナ愛用の特製カーペットに彼女の自然属性の魔術を施し、それに乗って二人は移動していた。まるで御伽噺に登場する魔法の絨毯の様だ。
「……。」
「……ねぇ。」
とても肌に突き刺さる、冷たい沈黙を先に破ったのはジュリナだった。
「ノア君、って言ったわよね?君はどうやってルウ君の心を開いたの?」
「…はぁ?」
一体この女は何を言っているのだろうか。思わず心の中で毒づいてしまう程、ノアにとってその質問は見当違いなものだった。
「俺、別に何もしてね…ないですし。そもそもあいつの何処を見てそう言ってるんですか?」
明らかに敬語が抜けそうになった自分を見て、彼女は意外にも口に手を当てて上品にクスリとひとつ笑う。
「別に敬語なんて必要ないわ。後ね、君が言ったことだけど…。ルウ君は心を許してない相手に笑顔を絶やす事は絶対しないの。」
「…え?」
昨夜目覚めたばかりの、しかもそれまで出会った事すらなかったルウの日常を知っている筈もないノアは戸惑う。あの仏頂面のルウが、笑顔を絶やさず話している場面等想像も出来ない。
「だからこそ、驚いた。まさかあんなお願いされるとは思いもしなかったし。」
「……。」
彼女は虚空を見つめ、その時の事を思い返しているのだろう。だが、自分には本当に心当たりがない。何故ルウが壁を取り払ってくれているのか。
「でもまあ、分からないならきっと、彼の第六感かな。君は悪い人間じゃないって、本能で感じ取ったのね。」
「いや…何で断定できるんだよ。」
「ん〜?女の勘ってやつ?」
つまりは何も根拠がない訳だ。未だに彼女がどんな人間なのか把握しきれていない為か、どう応じれば良いか分からない。
ノアが返答出来ず黙っていると、やがてジュリナが「あ、着いた」と口を開いた。どうやら目的地に到着したらしい。
「って、此処…。」
目に前にそびえ立つ、立派な鉄の門。綺麗に整えられた木々。そして定期的に塗り替えられているのか、まっさらな白を保っている建物。
「そう。六皇貴族ジョネス家が運営している、トップクラスを誇るジョネス学園。実は私、此処の保健医なの。」
「…はい?」
確かこの学園は、生徒だけでなく教師も採用の倍率が他の比ではないと前に聞いたことがある。その試験に、まさかジュリナが受かるとは到底思えなかった。
いや、それよりもだ。もっと他に大事な事があると、信じられない驚愕を抑え、努めて冷静に疑問をぶつける。
「…何で、学園に?」
「ん〜。私今、ちょーっと家には帰れないって言うか…。だからずっと学園に寝泊まりしてるのよ。大丈夫、ちゃんとシャワーもあるし、材料買ってくれば調理室で料理も出来るし。」
いやそういう問題か?と、思わず口にしそうになる。だが、匿ってもらう身分でそうも言ってられない。一日の半分は専ら生徒達で溢れかえる場所でどう乗り切るのかはひとまず置いておき、ジュリナに案内されるままノアは重い足取りで歩く。途中で彼女から「手貸そうか?」と有難い申し出があったが、
「さて、私のお城へようこそ!」
いや何がお城だ。本気で意味がわからない。
ドヤ顔で両腕を広げ、どうだと言わんばかりの態度でいるが、実際此処は彼女の持ち物ではない。だが、まるで迷路並みに広くて複雑な長い道のりに、予想以上に体力を消耗したノアは言い返す気力も残っていなかった。
「ここが保健室なんだけど、実はこの向こうにもうひとつ部屋があるの。まずは…休息が必要そうだから、そこのベッドで眠ると良いわ。」
ほら、意地張らない!と無理矢理引っ張られた腕に導かれるまま、ノアは部屋に入りベッドに倒れ込む様に横になった。
「…悪い…助かる…。」
「良いのよ。回復したら色々協力してもらうし。」
…協力?何か嫌な予感がしたが、それよりも疲労と睡魔が勝り、質問を投げかけるより先にノアは再び眠りについた。
「あらら…。やっぱりかなり体力の消耗が激しいのねぇ…。ま、この傷なら仕方ないか…。」
ジュリナは完全に寝入ったノアを一瞥した後、静かに退出し、白衣を纏って保健医の顔へと姿を変えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます