16話 高橋 絢2


もう随分と歩いた。一体どれだけ歩くのか。

絢は大きなため息をついた。吐いた息が白く空に上がっていく。

吐いた息を見て、一体こんな事をして何になるのだろう、と改めて考えていた。

まさか大地が木戸を殺害するとまで考えていなかった。

当初の予定では、手足の腱を切断して

二度と空手など出来ない様にしてやろう、そういう予定だった。

まさか自分の事を話すんじゃないか、と、ビクビクしていたが、大地は本当に何も言わなかった。

言わなかったからと言って、結婚など最初からするつもりも無いが。

それにしても、木戸が死んだのに、巧はどうだ。まるでいつもと変わらない。

一体何の為に大地を使ったのか。自分のやった事は、まるで無駄だった。

大事なものを傷つけて、巧が壊れるのが見たかった。

巧と付き合ってはいたが、何かに感動したり、

失望したりする姿は見たことが無い。

木戸が死んだのにビクともしない巧が、一体どんな人間なのか、

益々分からなくなっていた。

しかし、それも細野貴司が来たことで巧の事がすこし見えてきた。

細野楓の兄である貴司が刑事だと知って、絢は標的に楓を選ばなくて良かったと

ほっとしたと同時に、なるほど、と思った。

細野家は警察一家で父親は警察官僚らしい。絢の父親は政治家だ。

家にもほとんどおらず、たまに帰ってきては手をあげる。

その上、外で女を作るようなクズだが、政治家としてはそれなりに有名だ。

巧は自分ではなく、父親に興味があったのだ。

それは付き合っている時からひしひしと伝わっていた。

父親が娘である絢にあまり興味がないと分かると、

巧の絢への興味も薄れていく事が分かったからだ。

きっと細野楓も父親に興味があるのだろう。

いや、巧が興味があるのは自分だけか。

上手く立ち回る為にコネが欲しかった、という所だろう。

案外、小さい男だな、と心の中で笑った。きっとそうに違いない。

そうでなければ、私より遥かに劣る女に鞍替え等するハズなどない。

貴司には、木戸の時に警察で話したことと全く同じことを話した。

警察という人種は何か些細な事でも食い違いがあれば、すぐにそこを嗅ぎまわろうとする。それは以前、良平が自殺した時の事で痛い程分かっている。

あの時は良平が自殺したにも関わらず、しつこく嗅ぎまわる様な事をしていた。

最も、自殺に追い込んだのは自分と大地なのだから、嗅ぎまわるのも無理は無いが。

『嗅ぎまわる』まるで今の自分だ、と自嘲気味に笑った。

小さい男だと思っていても、どうしても巧に一泡吹かせてやりたい。

その一心でここ数日巧をつけている。

今日までは特に変わった事は無かったが、今日はいつもと違う。

もう随分歩いた。入り組んだ住宅街に、裏道、一体どこにむかっているのか。

それに、巧はあたりを気にしている様にも見えた。

何になるのか、とも思ったが、今日は何かあるとも思っていた。

まだ歩くのか、そう思っていると巧が二階建てのアパートの階段を上っていくのが見えた。玄関から女が顔を出して巧を出迎えていた。

その光景を見て絢は肩を落とした。何かある、と思っていたが『女』だとは。

こんなボロアパートに住む女に会う為にあんなに歩かされたのか。

本当に下らない。

もう帰ろうと後ろを向くと、目の前に航平が立っていた。

あまりに突然だったので絢はぎょっとした。

「な、なによ!どいて。」そう言って横を通り抜けようとすると、航平が絢の手を掴んだ。その掴む力はかなり強く「痛い!離して!なに、あんた!」そう言って振りほどこうとしたが、航平は更に力を強めてこう言った。

「絢さん『高瀬 良平』を知ってますよね?あんたが、、、」

航平の掴む力は更に強くなった。

「はぁ?知らないから、そんな奴!痛いから離して!!」

「知らない訳ないだろ!新井大地と一緒に、あんたが弟を殺したんだ!」

そう言われ、絢はこの男の顔がどうにも好きになれない理由がはっきりした。

「弟?そう、兄がいるとは聞いてたけど、あんたが。で、そのお兄ちゃんがなんの用?あいつは勝手に死んだの。私には関係ない。」

そう言うと、航平の顔色が変わったのが分かった。

やばい。こういう顔をする時は危険だ。航平の顔に父親の面影を見た。

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