4話 高橋 絢 


            

絢は今まで生きてきた中で、これ程の屈辱を受けたことはない。

急に巧に呼び出され一方的に別れを切り出された。理由は過去の事。

それだけならまだしも、その巧はと言うといつも同じ女と一緒にいる。

その女の顔も気に食わない。不細工とまでは言わないが、どう考えても自分の方が勝っている。それに私とすれ違うと申し訳なさそうに頭をペコリと下げる。

盗ってしまってごめんなさい。とでも言いたいのか。

いっそ顔を引っぱたいてやろうか、とも思うのだが、ただでさえ校内での自分の評価は良くない。

ひがみややっかみを差し引いても実際に自分が何かアクションを起こすのはマズい。実際、巧の事はそれほど好きだった訳でもないが、成績優秀、容姿端麗とくれば放っておく女はいない。自分にこそ相応しいと思った。

連れて歩けばそれこそ対の雛を見る様に美しかったはずだ。しかし、今はどうだ。

捨てられた可哀そうな女。これ見よがしに見せびらかした分、その反動は大きい。

何か巧を傷つける方法はないのか。きっと巧に何か言っても私の言葉は刺さらないのだろう。あの女を傷つける方が賢明なのか?いや、まだ数か月の付き合いしかない女に何かあっても、巧がそれほど傷つくとは思えない。

付き合っていたのに、巧の交友関係は航平以外知らない事が、更に馬鹿にされている気分になった。そんな事を考えていると、丁度目の前から馬鹿みたいに明るい雰囲気の男が歩いてきた。この男は生理的に受け付けない。世間一般的に見て容姿にも恵まれているのだろうが、どうにもこの顔が好きになれない。

この顔を見ていると絢の忘れたい過去がちらつくのだ。

しかし、今はそうも言っていられない。「ねぇ、航平君。これからもすれ違う度にその申し訳なさそうな顔をする訳?」ときつめに問いかけると、航平の顔はみるみる内に曇っていった。

「なんて言うか、すいません。本当にこんな事になって。」

別にお前のせいでこんな惨めな気持ちになってるんじゃねーよ、と内心毒づいた。

「あのさ、巧って誰と仲いいの?最近同じ女連れて歩いてるけど、あれ彼女な訳?」そう言って航平の顔を見ると更に表情が曇っている。なにを言いにくい事があるのか。この煮え切らない態度が余計に絢の怒りを増幅させた。

「ねぇ、友達なんでしょ?そんな事にも答えられないの?」

そう続けると、航平は少し顔を上げて答えた。

「そんな事も知らないのは絢さんでしょ?付き合ってたんすよね?俺に聞かなくても知ってるはずでしょ。そういう所がタクミは嫌だったんじゃないっすかね。」

そう言って航平は足早に去っていった。巧がそう航平に言ったのか。

ついこの前までの自分なら、あんな奴がこんな態度をとってくる事もなかった。ほかの生徒にもこんな目で見られる事もなかった。

壊してやる、巧の大事なものを。絢を怒りの炎が包み込んだ。

それにしても、忘れてしまいたい過去の事を巧はどこで知り得たのだろう?と、

絢は不思議に思った。しかし、今はそんな事はどうでも良い。

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