白いツバサ 千変万化の世界(第九幕if)

仲仁へび(旧:離久)

第1話 アルノド



 西領領都 エルケ 業務斡旋所 『アルノド』


 果実の産業が盛んな町エルケに立ち寄った。

 そこで、路銀が尽きたので、いったん旅の足を止める必要があった。


 自分探しの旅に出ていたアルノドは、旅の資金を補給するために業務を斡旋してくるところに顔を出していた。


 施設内を見回すと、幸いにも仕事探しで苦労はしなさそうなのが分かった。


 ついこの間、各領地で終止刻の発生が知らされた。

 領民たちはその知らせを受けて、混乱している頃合い。

 それで、護衛の依頼が急増しているからだろう。


 あたりを見回していると、赤毛の女性に声をかけられた。


「ちょっといいかしら」


 聡明そうな印象を受ける。

 物腰は丁寧だが、しかし最低限の警戒心はもっているようだ。

 こちらの姿を見て、一瞬だけ怪訝そうな顔をする。

 身にまとうローブのせいだろう。そこには今の自分の身分には不釣り合いな紋章が縫われているからだ。聖堂教の司教見習いの……。


「あなた、まだ誰の依頼も受けていないようだけれど」


 特に否定する必要性もないため、アルノドは頷いた


「そうだが? 何か依頼を出す予定でもあるのか」


 赤毛の女性は、言いにくそうにした後こちらに依頼の内容を説明していた。


「私と、子供数人の護衛をたのみたいのだけれど、いいかしら? 場所はまだ言えないわ。期間は一週間もかからないかしらね」

「なるほどな」


 その説明を聞いて納得した。

 とりあえず訳ありである事が、うかがわれた。

 この場では詳しい内容を話せないようでいるから、その点については容易に想像できる。大っぴらに公言するようなものではない、と。


 気になるのは、女・子供の護衛という事で、受けてくれる人間がいなかったという理由で、自分のような物に声をかけたのだろうという点。


 そういうのは難易度が高い。


 ただでさえ、この時期護衛は引く手あまただ。


 依頼人が護衛を選ぶのではなく、護衛する人間が依頼をえり好みできる状況。

 そんな中、面倒事が多そうな子供や、いざという時に簡単に怪我をしたり病気をしたりしそうな女性の護衛などしたがらない。町の外に出るならなおさらだ。


 といっても、それらの考えは一般論だ。

 アルノドはそんな彼らと違って、実際に情報を集めもせず、思い込みで依頼の難易度を判断するような愚は犯さない。


「資金は十分にあるのだろうな」

「ええ、その点なら心配しないで」

「面白い。もう少し詳しい話を聞かせてもらおうか」

「いいわ。ここではなんだから、近くのお店に場所を移してもかまわないかしら」


 その時のアルノドは思いもしなかった。

 それが、彼女達の出会いのきっかけになるとは。


 自分の声をかけてきたその人間の名前は調合士セルスティー・ラナー。

 金位を持つ、そこそこの有名人だった。






 クロフト


 湧水の塔まで、子供と調合士を護衛する。

 そんな仕事を引き受けたアルノドは、エルケの町を出て、クロフトに滞在していた。


 変わり者の職人ばかりが住むその町では、同じく変わり者である町長の家に泊まらせてもらう事になった。


 健やかな寝息を立てて就寝する子供等(身分不明の)姫乃達を見ながら、アルノドは窓の外から外の様子をうかがう。


 暗闇に紛れて人影が移動していると思ったから警戒していたのだ。

 すると、こちらの家をうかがうその影は……


「うふ、人体人体。心臓が良いかな? 内臓がいいかな? それとも胃がいいかな?」


 とか、そんな事をつぶやきながら、暗がりの中でもはっきりと分かる様子で挙動不審。うっとりとした視線をこの部屋にそそいでいた。


「……」


 一体何を考えて暑い視線をおくっているのか分からない。いや、分かりたくない。


 アルノドは、しばらく見なかった事にした。

 こちらに害を与えないままなら、極力相手にしたくない。

 その手の人間が苦手なので、無視したかったというのも理由にあるが。


 すると、半分寝ているような状態で護衛対象の一人が起床して、どこかへと歩き去っていった。


 あれを放っておくと職務怠慢になってしまうため、起きていた黒髪の少年に声をかけて、部屋の外へ。


 その先で、何やら窓の近くで思案にふけっていたセルスティーと、寝起きの少女が会話している所に立ち会った。

 アルノドが顔をみせたら、そのまま立ち話に加わる事になった。


 二人はとある本について話していたらしい。


「夜月の魔女? 新しく入った本頭。そんな物があったのね」

「そ。図書館で見つけた本の名前だけど、この間なあちゃんが思い出してたから」


 些末な話を片付けた後、セルスティーと少女が話すのは、とある童話の内容だ。


「世界中の人たちに嫌われた魔女の話。世界終焉の原因を作ったのは、お前だ……って濡れ衣をきせられるとかいう。馬鹿みたいな話だけどね」

「そう……」


 おそらく、終止刻発生直後の町の様子を思い浮かべたのだろう。

 いつもよりは若干饒舌な口調で、少女がその内容を語りだす。





 夜月の魔女。

 それは終焉が差し迫った世界の物語。

 その世界では、たくさんの悪しきもの(ばけもののようなもの)が生まれ、人々が襲われているらしい。


 それで、そんな世界にいる一人の魔女が、その悪しきものを生み出した張本人だと濡れ衣をきせられてしまう。

 魔女はただ、強い力を持って生まれただけだったというのに。


 世界中の人々からさげすまれ、拒絶された魔女は、そんな人々を守るために壊れた世界や傷ついた人々を癒していった。


 けれど、それでも魔女の無実を信じる者はいない。


 やがて魔女は弁明する事をやめてしまう。


 世界に終焉をもたらそうとしている悪人。

 そんな評価を受け入れて、正義の味方に討伐されてしまったのだ。


 魔女がいなくなったその瞬間、世界は色あせていく。





「それで、その世界はどうなったのかしら」


 話を聞き終えたセルスティーが眉をひそめながら、続きを訪ねた。


「さあね。でもたぶん終わったんじゃない? 流れ的に」

「そう、続きは書かれてなかったのね」


 はっきりとした結末はそれ以上描写されていなかったのだろう。

 だが、よくない結果を招いたことは誰にでも分かる。


 アルノドはどうしても気になる事があったので、尋ねていた。


「なぜ正義の行いをしていると、魔女は訴え続けなかったのだ。続けていれば、誰かが聞き入れてくれるかもしれないというのに」


 悪い事をしていない、やましい事をしていないなら、分かってくれる人がいるはずだ。


 普通なら、そう思う。

 そう思って当然のはず。


 アルノドはだから、魔女はそうするのが自然だと思ったのだ。


 けれど、セルスティーと少女の感想は違ったようだ。


「人には愚かしい部分もあるわ。彼女のまわりには、理解してくれる人達ばかりでなかったのかもしれないわね」


 セルスティーは、「自分の身の回りはある程度恵まれていたけれど、世界のどこかにはそういった不幸な境遇の人もいるかもしれない」とそう述べながら言葉を続けた。


 魔女の心が耐えられるまで、そういった人と出会う事ができなかったのだろう。と、そう彼女は考えたらしい。


 一方で少女の方はこう述べる。


「アタシは、あれは魔女の復讐だと思うけどね」

「復讐だと?」

「自分を助けてくれなかった、分かってくれなかった人間達にできる、もっとも最大の復讐」

「どういう事だ?」

「絶望するよりも、自分の心を守るために憎んだんだ。いつか終焉が訪れたその時、魔女の言葉に耳をかさなかった愚かさを突きつける。その最大の復讐方法が、それだと思った。だって、もうどうやっても取り返しがつかないんだから、終わりが見えてる時の絶望って結構来ると思うし」


 なんだかやけに実感のこもった言葉だった。

 今まで気にしていなかった部屋の温度を……、ひやりとした空気が部屋に満ちているのを実感する。


「なるほど」


 もう後がない、先がない。

 そういった時の絶望感には理解できる。

 だから逆を言えば、そういった境遇の人間は愚かしい行動に走るし、常識を外れた行動をとる事が多いのだが。


「正義が正義でなくなる時というのは、様々な事情があるのだな」


 そう呟けば、セルスティーも少女もそれが当たり前みたいな顔になる。


「この旅で貴方が探しているの物の事は詳しく分からないけれど、少しでも自分を好きになれるといいわね」

「……まあ、右に同じく」


 夜は更けていく。

 この後、魔大陸がやってきて、憑魔に襲われるという事件があるのだが、それは別の機会に思い返すことにしよう。









 シュナイデル城 牢屋


 暗く、狭い牢屋の中に収容されていたアルノドは、はっと我に返った。


「って、何偽物の記憶を回想してるのよ!」


 頭を抱える自分は、ディテシア聖堂に使える白金騎士団だ。だが、紆余曲折あった後に、犯罪者として牢屋に収容されることになった。

 暗部を担う仕事をしてきただけに、このような事になる可能性は頭にいれていたものの、いざなってみると動揺がぬぐえない。


 近くの牢屋には、以前からたまに顔をあわせる事があった面々……ロザリーやクルスもいる。後の彫刻家らしい男性は知らん。


「ああ、もうっ。エムのやつ。あいつ、なんなのよぉ」


 アルノドには、氷裏という人間からもらった……人の記憶を改ざんする力があった。


 その力を使って、とある少女の記憶を改ざんしたのだが。


 なぜかその時に変なな場所に移動してしまって、エムという少女にさんざんな目にあわされていたのだ。(あんな高所から人間を突き落とすなんて、信じられない。悪魔の所業としか思ええない。おまけに下には気持ち悪い手がいっぱいいたし)


 おかしな空間から脱出した後、記憶改ざん事態は無事に成功したのだが、なぜかその偽りの記憶が細部の構成までしっかりしていた。


 それはまるで、過去のアルノドが選択しえなかった可能性の話のようで……自分が選び取れなかったその道のもしもの世界を覗き見ているかのようだった。


「やだもうあの子、眠るたびに夢に出てこないでよぉっ。なんなの悪霊なの!?」


 エムは、今でも睡眠中にちょくちょく顔をあわせる。

 そのたびに嫌がらせをされるのだから、おちおち安心して眠る事もできなかった。


 そんな事をぶつぶつつぶやいていると、隣の牢屋から声が聞こえてくる。

 ロザリーだ。


「ちょっと、うるさいわよ。寝てたのに。静かにしてちょうだい」

「貴様にだけは、言われたくない! 毎晩毎晩この狭い牢屋で、よくわからん歌を歌いおって、睡眠妨害もたいがいにしろ」

「えぇー、いいじゃないの。楽しみが少ないんだからここ」


 暇がなせるわざなのか、ロザリーは最近新しい趣味を見つけたようだ。

 人を殺す事だけが楽しみだとか抜かしていたくせに、あにそんとかじぇーぽっぷだとかを楽しそうに謳っている。


 すると、そんな会話に触発されたのか、別の場所にいたクルスまで会話に加わってくる。


「あはは、あっしももうちょっと静かにしたほうがいいと思い……ひぃ、さーせん。睨まないでくださいよ。いやぁだって、ねぇ看守さんの機嫌はとっておいたほうがいいでしょうしねぇ」


 しかし、ロザリーに睨まれて勢いは沈下。


 クルスは、相変わらずのようだった。


「貴様はそのうっとおしい態度をどうにかしろ、見ていて毎回不愉快になる! 仕事はできるくせになんでそんな擬態を続けているのだ!」

「そうは言われましてもねぇ、なんかしみついちゃって……ははは、いやさーせん」


 そんな調子でしばらく、まったく心躍る事のない会話が続く。

 アルノドの話し相手は、ほとんどこの二人ばかりなので、そうでない時などありはしないのだが。


「まったく、いつまでこんなところにいなければならんのだ」


 何もない天井を見て、現状を嘆く。

 せめて、自分にあの改ざんの魔法があれば、少しは事情が違ったのだろう。


 しかし、最近あったら城の攻防戦の最中、氷裏に能力を奪われてしまったため、この状況をどうにかできる手札が一枚もない。


 転移の魔法は城を覆っている結界の影響で無意味(自分達の脱走対策と他所からの襲撃対策ではっているらしい)。


 発動させたとしても城の内部のどこかにしか移動できないようだった。(このあたりの情報は警告の意味で、兵士達から聞かせられた)


 まったく華も希望もない毎日に切望していると、一人の少女がやってきた。

 制服を着た金髪の少女は、無機質な瞳をこちらに向けている。


「今日も元気そうですね」

「貴様はっ」


 誰か良く知らないが、最近ここによく来るようになった人間だ。ときどき子ネコウをつれている。


 名前はレイン。たまに、目の前で美味しいご飯をたべたり、苦手な虫を集めてきたりする、可愛げのない子供だった。


「な、何の用だ」

「声が震えてます。虫くらいますか」

「いるわけないでしょっ」


 同様のあまり思わず素が出てしまった。

 深呼吸して心を静める。

 そのうちに、少女の興味は他に映ったようだ。


 ロザリーと会話しはじめた。


「あは、ちょうど退屈してたのよ。話し相手になってくれないかしら?」

「お断わりします。今日は時間がないので様子を見に来ただけですから」

「あらそう、残念ね」

 

 代わり映えの無い牢屋生活をしているせいか、ロザリーはわりとこの少女との会話を楽しみにしているようだ。

 なんでも趣味があうとかどうとか。(中二ファッションとかいう話に花を咲かせていたのが記憶にあたらしい。体に巻いていた包帯がただの飾りだとは知らなかった)


「特に変わったところはないようですね。では……」


 そうこうしているうちに本当に様子をみにきただけのようだった少女が背中を向けて去っていく。


 離れたところにいた灰色髪の男性兵士が、「おーい、レイン。メリルが手伝ってほしいってさ」と呼んでいる。


 一度だけ少女が立ち止まって振り返った。


「復讐する方法は、何も力で解決するだけではありません」


 そう捨て台詞を残して。


 来るたびにこちらに嫌がらせしてくる少女の瞳は、無機質な光をたたえながらも、敵にむけるような感情に染まっていた。


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