File.11
ジャックはぴくりと片眉を、人間のように分かりやすくはないものの、上げた。
「忠告は有り難いが、これは俺の仕事だ。投げ出すわけにはいかない」
呆れたような長いため息が聞こえた。
「君が関わってる事件に関しては私も調べましたし、君と一緒にいた彼女を見てピンときましたよ。か弱い少女を助けてヒーロー気取りですか」
「否定はしないが、酔狂だけでやってるつもりはないさ」
泣き落としや同情半分で引き受けたという事実があるだけに反論の歯切れが悪い。だが仕事自体は堅実に進めているつもりだ。
「結果は意思ではなく行動から生じるものなんですよ。私から見て君が今取っている行動には危うさが付きまとっている。あの大好きな『ルール』はどこへやったんですか? 君と彼女は互いに深く踏み込み過ぎているように思えます」
「ケースバイケースだ、ルールは万能じゃない。時には捨てることも必要だ」
「そうでしょうか? 個人的にとても良いルールだと思ってましたがね。今でも参考にさせてもらってますし。もしそれを感情本位で捨てたのだとすれば、本末転倒です。あれは感情から身を守るためのルール……幼稚な正義感は全てを壊すというのを『彼ら』から学んで、あなた自身が作ったものでしょうに」
「あの時と今は違う!」
ジャックは声を荒げたが、ブラッドはひたすら冷酷に言葉を返してくる。
「そうでしょうか? かなりの部分で同じ影を感じるのは気のせいじゃないと思いますがね」
喉が詰まる。
任務と正義の間で揺らいだ末に仲間同士で殺し合った愚かな部隊。その生き残った側として、縛られ苦しみながら生きてきた。
過去からの解放を望んでアリシアの依頼を受けた、そんな考えが微塵も無かったとは言い切れない。
この客間には故意かどうかは計りかねるが、人間や動物をモチーフにした絵画や彫刻が多い。それらの無機質な目が、『彼ら』の光を失って見開かれた目と重なる。
悪寒がして、急に居心地が悪くなったジャックは勢いよく立ち上がった。
「どちらにせよ仕事は中断しない。お前の口座に金を振り込んでおくから、ドルフ・ファミリーとのコンタクトも頼む」
「それはご心配なく。それよりも、私にまた仲間を殺させないでくださいよ」
ジャックは振り返らずに部屋を出た。
隣の部屋で馬の銅像を撫でていたアリシアを呼び寄せる。
なるべくいら立ちは表に出さないように努めていたが、アリシアは何だか訳の分からない困惑を浮かべており、それがまたジャックの自己嫌悪を煽った。
「何か……あったの?」
「いいや、何でもないさ。とりあえず今日この街でやれることはもうない。一旦帰るとしよう」
何かを振り切るように屋敷を後にした。
カーリー家宅に戻る頃には、既に夕日が目の高さでゆらゆらと輝いていた。辺りに他の家屋は無いため、じきに星明りだけが頼りになってしまうだろう。
その前に二人で敷地内を素早く散策してみた。この土地が狙われる理由の手がかりを探すためだ。
もしかしたらディアナ達が探している「アレ」とやらもここにあるかもしれない。
しかしニ〇〇エーカーは二人で回るには十二分に広大で、しかもそれは農地だけの数字だ。カーリー家が所有している面積はその倍以上である。
見つけるべきものの正体も不明なまま続けるのは体力の浪費だ、と考えたジャックは早々に切り上げて家に戻り、リビングで状況整理も兼ねた作戦会議を執り行うことにした。
大きめの画用紙をテーブルに広げ、調べ得た情報を書き連ねていく。
「現時点で事件に関わってると思われるのは、カールトン・コンストラクションの社長であるディアナ、そして彼女の通話相手、とりあえず『X』としておこう。あとは実行部隊であるドルフ・ファミリー、あと俺達に何かを隠してるかもしれないブラッド、だ」
ジャックは早口で筆記と同時に説明し、さらに「そして」と付け足す。
「今日ディアナから受け取った事業計画書によると、カールトン・コンストラクションに工事の依頼をしたのは西部のIT企業、目的はネットケーブルの敷設となっているが、あくまで表向きだろう。ここの社長であるランドン・ミラーって男が黒幕候補だ。Xと重複している可能性も高い」
アリシアをジャックのもとへと誘導したチラシの作成者については口にしなかった。余計な不安を抱かせるのは本望ではない。
「へぇ~一日でここまで分かるんだ。さすがプロね」
「コネと度胸のおかげさ。腕っぷしよりも遥かに役に立つ」
ブラッドにはかなり助けられている。神経を逆撫でしてくるようなやつとはいえ、ジャックは大いに感謝していた。
「で、明日はどうするの?」
アリシアはこの捜査をかなり楽しんでいるらしく、目を輝かせながら詰め寄ってきた。テーブルの向こうからアリシアがぐいとこちらに顔を近付けてきたので、ジャックはのけぞりながら後ずさった。
「ブラッドからの連絡を待つ。変に動いてドルフ・ファミリーとの交渉に間に合わなくなるのだけは避けたいし、何より留まっているのが一番安全だ」
「ランドンの所には行かないの?」
「そいつはそれなりに大物だ。正攻法じゃ面会なんてできないから、プランを練るしかない」
「なんだ、つまんない」
アリシアはしゅんと熱の冷めた表情に切り替わり、ジャックから顔を離す。見るからに機体が外れて気落ちしているようだ。
「おいおい遊びじゃないんだ。君の父親が撃たれてるんだぞ」
「それは分かってるけど……」
「だったらさっさと夕食を作ってくれ。さっきから腹が鳴ってしょうがない」
一日中動き回り、昼食が軽めだったこともあり空腹は限界に達していた。
「そうやって女に料理押し付けるの、今どきモテないよ」
「人に飯を振舞う趣味はねえよ。それに俺は缶詰だけでも構わんが」
「はいはい分かった、作りますよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます