ショットガン・キャット

福大士郎

File.01

 アメリカ合衆国のとある郊外、オレンジの夕日がしぶとく地平の上に浮かんでいる中、一匹の白猫が林の中を歩いている。


 これだけならば別段おかしい状況でもないが、その猫は二足歩行で黒いレザージャケットを着こなし、おまけにバレルを切り詰めた散弾銃を背負っているということを付け足しておこう。


 とてもシラフで見られる光景ではないが、この世界では二足歩行で喋る猫は普通に存在している。人間に比べると数十分の一くらいの数であるものの、ちゃんと市民権を得て社会で生きている。

 なぜか、と問われれば「人間が人間であるのと同じ理由である」としか返しようがない。地球上で文明が作られていく過程で、いくつかの可能性による分岐が生じたのかもしれないし、猫型の地球外生命体がいつの間にか人類社会に溶け込んだのかもしれない。いずれにせよ証明は著しく困難な「説」である。

 そんな研究や議論は基本的に脇に置かれ、猫は猫として人と同じように社会を生きていた。


 少なくともこの世界ではこうなっているのだ。



 白猫の名はジャック。親から与えられた名を本名と定義するのならばジャックは偽名だが、彼の人生ならぬ猫生の中ではジャックでいる期間が一番長い。

 数年の平凡な生活と数年の従軍期間を経て、今では自称「解決屋」という胡散臭い稼業を営んでいる。様々な「トラブル」を柔軟なやり方で「解決」するのが仕事だ。


 こんな時間に人気のない林を歩いているのもその一環に他ならない。

 ジャックは俯きながら早足で進む。陰気な心情だからではなく、薄く落ち葉の敷かれた地面に残る足跡を注視しているのだ。

 間もなく、風に混じる人の声を拾い、反射的に姿勢を低くする。視線を巡らせると木々の間に一軒のコテージを認めた。目的の家屋、窃盗団の中継拠点だ。


 事前に得た情報によれば、盗んだ貴金属やアクセサリーを捌くめどが立つまでここで保管しているらしく、あまり目立たないように見張りの人数も最低限になっている。

 今回の依頼はその窃盗団による被害者の一人。大事な「銀の懐中時計」とやらを取り返して欲しい、とのことだった。

 普通に考えれば警察に頼む案件だが、それができない事情が依頼人にはあるのだろう。しかし「余計な詮索はしない」というのが、こういう稼業のルールの一つだ。


 コテージのテラスに煙草をふかしている男が見えた。黒いアウトドアジャケットの下に防弾ベストを着用しているのが確認できる。

 却って好都合だ。ジャックは愛用のショットガンにバックショット用のシェルを込め、ポンプアクションで薬室に弾薬を装填する。


 そのまま薄暗い林の中を茂みを利用しながら素早く移動し、有効な距離まで近付いた。三〇メートル先のほぼ真正面にいる猫には気が付かず、男は未だ呑気に佇んでいる。

 ジャックはショットガンを構え、男に狙いを定める。やつらが警察に泣きつける立場じゃないのは承知しているが、かと言って殺してしまうと面倒だ。頭に当たらないよう銃口を僅かに下げ、躊躇なく引き金を引いた。


 銃声でびりびりと空気が震えると同時に男が転がるように倒れる。

 間髪入れずに痛みに呻く声が明瞭に聞こえてきて、ジャックは安堵した。すぐに命を落とすことはないはずだ。

 ジャックはコテージの方を見据えたままフォアエンドを前後させ、次の弾を装填する。


 予想通りコテージの中からもう一人の見張りらしき男が飛び出してきた。こちらは一応右手に拳銃を携えているが、行動がお粗末すぎる。倒れた仲間と同じところに身を晒せば狙いやすい標的

まと

だ。

 飛び出てきた方の男が自らのミスに気付いたのかどうか定かではないが、ジャックはコテージの中に急いで戻ろうとしたその背中に向けて撃ち込んだ。


「アマチュアめ」


 ジャックは呟きながら銃をスリングで背負い直し、コテージの方へ歩いていく。

 どす黒い血の滴る二段のステップを上ると、倒れている男が呪詛の言葉を投げかけてきた。


「タダで済むと思うなよ……クソ猫が……!」


 その手に拳銃は握られていなかった。周囲を見渡すとテラスの下に落ちている拳銃を見つけることができた。撃たれた衝撃で取り落としたらしい。

 ジャックは飄々と横たわった男を飛び越えながら言い放つ。


「無駄口を叩くな。余計なことさえしなければ救急車ぐらいは呼んでやる」


 コテージ内には人の姿は見えず、簡素な照明の下で雑然と段ボールや木箱が積み上げられていた。中にはワイヤーや工具、火薬などの「仕事道具」が満載だ。

 部屋の中央には木製の丸テーブルが置かれているが、ジャックの身長では人間用のテーブルの上を見ることはできない。


「面倒だな……ったく」


 仕方なく舌打ち混じりに手近な椅子へよじ登ってみると、目的の物を発見した。煌びやかなアクセサリーが丁寧に並べられている中に、悪い意味で異彩を放つ安っぽい懐中時計が置かれている。

 無造作に手に取って観察してみるものの、ぱっと見何の変哲もない。蓋を開けてみてもシンプルな文字盤の上で針が正確な時間を刻んでいるだけだ。


 ジャックは少しだけ首をかしげた後、おもむろにリューズを引っ張ってみた。

 すると、静かに文字盤が外れ、歯車の組み合わさった内部構造が露わになった。しかしジャックが興味を持ったのは外れた文字盤の、その裏だ。テープでマイクロチップらしき物体が貼り付けられているのだ。

 ジャックはそれを見つめ、にやりと笑みを浮かべる。


「なるほど、こいつが本命ってことか」


 依頼人はアンティークの懐中時計を使って何らかの取引を行おうとしていたが、運悪くその時計を窃盗団に盗まれてしまった、というのが本当の事情だろう。


 こうなってしまってはどちらが不運か分からないな、と倒れた二名を見下ろしながらジャックは思った。

 文字盤を元に戻し、時計を懐にしまう。「余計な詮索はしない」と言っても相手を知らなさ過ぎれば足下を掬われる。必要な情報を把握しておくことに罪悪感はなかった。


「物を盗む相手に気を付けることだな。今度は救急車じゃなくて死体袋で運ばれる羽目になるぞ」


 倒れた男達にそう言い残すと、ジャックはコテージを後にした。

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