会社帰りに土砂降りの雨の中でビニ傘を貸したら、手紙と甘いクッキーと女子高生が返ってきました。

紅狐(べにきつね)

プロローグ 貸した傘から始まる恋物語


「今日も残業かよ!」


 今の会社に入って三年、毎日が忙しく慌ただしい。

地方の会社の為、毎日車で往復する日々。


 朝は通勤途中の車内で済ませ、夜は近くの二十四時間やっている飯屋で済ませる。

幸いなことに休みはあるが、家から出る気力もなくゴロゴロして一日が終わる。


 親元を離れて一人暮らししているが、俺の人生これでいいのか?

仕事が忙しく遊ぶ暇もない。

車通勤だから会社帰りに飲みにもいけない。


 部屋はいつも真っ暗で、散らかったまま。

彼女もいなければ友達もいない。

いや、友人はいるが年に数回しか会わない。


 俺は何の為に生きている?

こんな人生つまらなすぎる!


 今日もいつもと同じ道を通り帰宅する。

この道にも慣れたな。すると、フロントガラスにいくつかの水滴が。

その水滴は次第に多く、大きくなっていき大雨となった。

急いで車のワイパーを動かしたが、雨は激しくなる一方。


 なんだよ、こんな急に降ってくるなんて。


 土砂降りもいい所。数メートル先の看板がまるで見えない。

事故らなきゃいいけど。


 ゆっくりと車を走らせる。

幸いなことに往来する車は一台もいない。


 ふと、歩道で何かが動いている。

黒い服を着ているようで、この視界の悪さから、それが人だったとしか認識できていない。


 大雨の中、傘も差さないで一人歩いている。

突然の雨だし、傘が無くてあたり前か。


 通り過ぎようとした時、歩いているのが制服を着ている少女だとわかった。

この雨じゃそうなるわな。


 髪がぐったりしており、服もずぶ濡れ。

カバンも濡れているが、走るそぶりはない。


「良い事をすれば、良い事が返ってくる、か」


 俺は後部座席に置きっぱなしにしていたビニール傘を手に取り車を降りる。

ダッシュで歩道にいた少女に傘を渡す。


 ずぶ濡れになった少女が歩くのをやめ、俺を睨みつけてくる。

ま、警戒されるのは当たり前か。


「ほら、これやるよ。俺、車だし」


「結構です」


 断られた。

知らない人から物を貰っちゃいけないんですよね。


「雨、大変だろ。返さなくていいから、安もんだしやるよ」


 少女に傘を無理やり渡し、急いで車に戻った。

ほんの数秒だったが俺もずぶ濡れだ。

まったく、良い事をしたはずなのに、良い事が返ってこない。

早く帰ってシャワーでも入ろう。


 ハザードを消し、再び車を走らせる。

さっき車を止めた所からほんの数十メートル。

事故もなく自宅に到着。


 駐車場に車を止め、ダッシュで部屋に入った。

俺の住むアパートは会社から借りている社宅だ。

だが、四部屋あるうちの一部屋しか使われていない。


 要はこのアパートには俺しか住んでいないのだ。

少し寂しい気もするが、自宅で会社の奴に会うのも嫌だ。


 本当はもっと街中のオシャレな物件が良いが、安月給の俺に選択肢はない。

月に三万円。水道光熱費込。おまけに駐車場もタダ。

これ以上の物件は恐らくないだろう。


 家族用の物件らしく、三部屋にリビング、ダイニングまである広めの物件。

一人で住むには広すぎる。

ま、一部屋は完全に俺の趣味部屋として生かされているので問題ないか。


 明日も仕事、早くビールを飲んで、録画したアニメ見て寝よう。

寝る直前、ふと気になる。


 さっきの子は無事に帰っただろうか。

もしかしたら事故にあっていたりしないよな?

車で送った方がよかったのか?


 でも、最近物騒だし変なことに巻き込まれたくないし、あれで良かったんだよな。

雨の音が聞こえる中、俺は眠りにつく。



――ピピピピピピ


 部屋にアラームが鳴り響く。

時計を見ると遅刻ギリギリの時間だ。


 時計が遅れてる? まずい!

俺は急いで着替え、家を出ていく。

やばい、遅刻したらまた何か言われる。


 車に行きドアを開けようとする。

が、一つだけに気なる事が。


 貸したはずの傘がサイドミラーにぶら下がっている。

おまけに、可愛い紙袋がぶら下がっていた。


 おかしい、似たような傘ではなく、俺が貸した傘だ。

グリップの所にイニシャルが書いているので間違いない。

どうしてここに?


 そ、そんな事はとりあえず今はどうでもいい!

遅刻だ! やばい! 急がなければ!


 エンジンをかけ、急いで発進する。

事故には気を付けよう、左右確認、安全第一。


 助手席に返ってきた傘と紙袋を置き、横目で見ながら会社に向かう。

あの子が返しに来たのか?

良かった。無事に帰ったんだよな、きっと。


 いつも朝ごはんを買っているコンビニで急いでパンとコーヒー缶を買う。

車で食べながら移動すれば、食事の時間も取れるって訳だ。


 信号待ちでふと、紙袋が気になった。

なんだろ、食べ物かな?


 中を開けてみると、甘いにおいが車内に広がる。

クッキーだ。俺は甘党なんだよね。


 そして一枚の紙が。

可愛いピンクの便せんに入っている。


『ありがとうございました。帰り道であなたの車を見つけたので、傘を返却します。良かったらクッキーも食べてください』


 一つ、クッキーを口に放り投げる。

旨いな……。


 こんなの作ってくれる彼女がいたらなぁー!

この子の彼氏は幸せもんだぜ!


 気が付いたら信号が変わっており、後ろの車からクラクションが鳴り響く。

あ、すんません。


 急いでアクセルを踏み、会社に向かう。

今日も仕事か!

っしゃ、クッキーも食べたし、がんばるか!


――


 で、二日続けて残業かよ! 疲れたー!

昨日と同じくらいの時間に同じ道を通って帰る。

駐車場に着き、車から降りると見た事のある少女が。


「おっす、なにしてんだ?」


 初めはびくっとした彼女は、俺だとわかって近寄ってきた。


「あ、あの。昨日はありがとうございました」


「いえいえ、こっちこそクッキーありがとう。うまかったよ」


「それは良かったです」


「今帰りなのか?」


「はい」


「そっか。家、近いのか?」


 彼女の指さす家は俺のアパートの隣。

なんだ、お隣さんか。


「なんだ、ご近所だったのか」


 良く今まで気が付かなかったな。


「あなたは、ここのアパートに住んでいるんですよね?」


「あぁ、住んで三年位になるかな?」


「一応私の父がここのアパート管理人になっているはずなので……」


 貸した傘がきっかけで、彼女と出会う事になった。

ご近所さんとして、これからも長いお付き合いとなるに違いない。


 つか、三年もここに居たのになんでこの子を知らないんだ?

三年も住んでいたら見かける位するよな?


 昨日突然降った雨は、俺とこの子の出会うきっかけになった。


「また、会えるか?」


「いつでも会えますよ」


 俺の心の中に降っていた雨は、止んだ。

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会社帰りに土砂降りの雨の中でビニ傘を貸したら、手紙と甘いクッキーと女子高生が返ってきました。 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox

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