女子大生、異世界で冒険者(男)やってます

このはなさくや。

モルデン編

プロローグ

 真上から容赦なく照りつける太陽の光が、じりじりと肌を焼く。

 陽炎が揺らめくアスファルトからも返ってくる熱気のせいで、気分はまるでオーブンの中で焼かれる料理になったみたい。


「今日のドリンクはキンキンに冷えたフローズンにしよう……フローズンモカにホイップとチョコシロップ増量……はカロリー高いから、ここはやっぱり季節限定のほうじ茶のフローズンかな……」


 プラタナスの木陰で信号が変わるのを待っていた私の口から、思わずそんな言葉が漏れた。


 その日、大学の講義が終わった私は、バイト先である駅前のコーヒーショップに向かっていた。

 入学と同時に晴れて一人暮らしを始めた私は、毎日バイトに精を出す貧乏学生。

 ずっと憧れていたコーヒーショップのバイトは、シフトは忙しいし覚えることもたくさんあって大変だけど、好きなドリンクが飲み放題なのがかなりの魅力だ。ここだけの話、このバイトを始めたのもそれがお目当てだったりする。

 その時も呑気に今日はなにを飲もうかな、なんて考えていた私は、もしかしたら足下が疎かになってたのかもしれない。

 

「うわあっ! い……ったー……」

 

 自動ドアが開くと同時にビルに足を踏み入れた私は、ドシャッという音と共に盛大にお尻を床に打ち付けた。

 

「いたたた……やだ、恥ずかしい……ってあれ? ……え?」


 お尻を打った痛みより恥ずかしさを堪えて顔を上げると、そこに広がっていたのは見慣れたテナントビルとはかけ離れた風景だった。

 明るい照明器具に代わり辺りを照らすのは、なぜか真上から照りつける眩しい太陽。

 快適な冷房がきいてるはずなのに、頬に当たるのはカラカラに乾いた熱風。

 目の前にあったはずのお洒落な花屋とコーヒーショップは木造の建物に変わり、その前をもうもうと黄土色の土煙を巻き起こす馬車が通り過ぎる。

 そして道を歩くのは、明らかに日本人ではない、変わった服を着た背の高い異国風の人達だった。


「……嘘、なにこれ……」

「おい坊主! そこでなにしてんだ? そんなところに座ってると危ねえぞ!」

「え? 坊主? ってまさか私のこと?」


 ポカンと口を開け、往来のど真ん中で座り込んでいた私に声をかけたのは、白髪交じりの渋いおじいちゃんだった。

 急ぎ足でやってきたおじいちゃんは、私を道の端に寄せると、服についた砂埃をパンパンと払ってくれた。


「なんだ坊主、泣きそうな顔してどうした。迷子か? 親はどこにいるんだ?」

「あ、あの、私もう独立してるから、親はここにはいないっていうか……」

「独立だあ? てことは坊主はもう成人してるのか! いやはやお前さんずいぶんちっこいもんだからよ、てっきりまだ子供かと思ったぞい。ははは、悪かったな」

「は、はあ」

「だがよ、じゃあどうしてあんな道の真ん中に座ってたんだ?」

「えっと、それが自分でもよくわからなくて。……あの、ここはどこですか?」

「なんだ、やっぱり迷子じゃねえか。しょうがねえな、俺についてこい」


 呆れて笑ったおじいちゃんは、先導するように前を歩き始めた。


「お前さんがどこから来たのかはわからんが、初めてモルデンに来たんなら、冒険者ギルドの場所を覚えといても損はない」

「モルデン? それに冒険者ギルドってなんですか?」

「なんだお前、まさか冒険者ギルドもない田舎から来たのか?」

「田舎っていうか、ええと、吉祥寺……東京……いえ、日本ですけど」

「キチジョージー? ニホン? うーん、聞いたことねえ地名だなあ」


 申し訳なさそうにポリポリと目の横を掻いたおじいちゃんは、歩きながらギルドについて教えてくれた。

 この国の成人年齢は十五歳。成人した子供は親元を離れて独立するのが、普通なんだそうだ。

 そして成人したばかりの人間が手っ取り早くお金を稼ぐ方法が、冒険者になること。

 冒険者になるには、まずは冒険者ギルドで登録する必要があるらしい。


「まあ冒険者になっときゃあ身分は保障されるしな。それにお前さんみてえな坊主でもできる、失せ物探しやら薬草採集やら、仕事は色々ある。だからなにも心配しなくていいぞ」

「はあ」


 身長155センチでショートボブ、そしてリュックを背負いダメージジーンズに日焼け防止の薄いカーディガンという出で立ちの私は、とんでもない田舎から出てきたばかりの男の子だと思われたらしい

 でもそんな間違いを気にしていられないほど、この時の私はパニックになっていた。

 

「さあ坊主、ようこそ、モルデンの冒険者ギルドへ」


 やがて到着したのは、まるで古いアメリカの映画に出てくるような木造の建物だった。ニヤリと笑ったおじいちゃんは、ゆっくり扉を開ける。そこに広がっていたのは、映画で見た西部劇さながらの……ううん、それ以上に怪しい光景だった。


 奥行きが広くて薄暗い建物の中は、横に長いカウンターが前後を仕切る。部屋の左右には上階へ続く階段が見え、これが西部劇なら、上には綺麗なお姉さん達がいる部屋があるに違いない。

 両側の壁にあるボードには何枚もの紙が貼られ、その前ではコスプレみたいな格好をした男女がなにか話し合っている。

 衝立で区切られたカウンターの前には、老若男女、さまざまな人が列を作り並んでいた。


「よおエンゾ、珍しいなこんな時間に」

「なんだじいさんもう休憩か? 年寄りは大人しくしとくもんだぜ」

「おう悪いな、ちょっと通してくれ」

「エンゾ! あとで顔出せよ!」

「ああ、わかってらあ」


 次々にかけられる声を軽くいなし、おじいちゃんは奥へと進む。そして辿り着いたカウンターにいたのは、制服姿で眼鏡をかけた綺麗なお姉さんだった。


「あらエンゾ、今日はどうしたんですか?」

「よお別嬪さん、そこでこの坊主を拾ったんでな、ちょっとお節介をしてるんだ」

「拾った?」

「ああ。なんでもギルドもない田舎から出てきたばかりなんだそうだ。せっかくだから、お前さんが手続きしてやってくれんか」

「それはもちろん構いませんが……」

「じゃあ頼んだぞ。坊主、しっかり頑張れよ」


 そう言っておじいちゃんは笑って私の肩を叩くと、くるりと背を向けて去っていった。


「じゃあ早速だけど、私はモルデン冒険者ギルドの職員のサリーナよ。よろしくね」


 ポカンと口を開けておじいちゃんの背中を見送っていた私は、その声で慌ててカウンターに向き直った。


「あ、はい、あの、芹澤といいます。こちらこそよろしくお願いします」

「セリ・ザワ? 素敵な名前ね。セリは冒険者ギルドは初めてなのよね? じゃあまずはギルドの説明をしたほうがいいのかしら」

「え? あの、セリじゃなくて芹澤……」

「あら、なにか言った?」

「いいえ、なんでもないです。お願いします」


 サリーナさん曰く、冒険者ギルドとは依頼人と冒険者の仲介をする組織なんだそうだ。

 今やその規模は大陸全土にわたり、ギルド独自依頼の発注や品物の買い取り、それに銀行のようなお金の管理等、業務は多岐にわたる。

 冒険者ギルドへの登録は無料。ただし一定数の依頼をこなさなかったり契約違反をしたりすると、登録が抹消されてしまう。


「ちなみにモルデンのギルドで一番多い依頼は、害獣の討伐と素材収集の依頼ね。初心者はまず薬草採取から始めるといいと思うわ」

「薬草採取、ですか……?」


 ここに至って、私はようやくこれが異世界なのではと思い始めていた。

 だってギルドだの、冒険者だの、薬草採集だのって、前にラノベで読んだことがあるテンプレ設定だ。

 そもそもあんな大きな剣、普通に持ってる時点でおかしい。日本だったら銃刀法違反で即アウト。

 そんなことをグルグル考えている私の前に、一枚の紙が置かれた。


「じゃあセリ、早速冒険者登録をしましょう」


 サリーナさんはキラキラした万年筆みたいなペンを差し出した。


「まずはここに名前を記入してちょうだい。セリ・ザワって。性別は男にチェックしてね。年齢は……セリは親元から独立してるのよね?」

「あ、はい」

「じゃあ十五歳ね。最後にここにサインしてもらえる? サインってわかるかしら?」

「大丈夫です。わかります」


 言われるままに紙にペンを走らせていた私は、全部書き終わってから、自分が日本語で記入していたことに気が付いた。

 やばい、芹澤って書くつもりだったのに、言われた通りにセリ・ザワって書いちゃった。性別も男だし、年齢も十五歳ってサバ読みすぎ。……これって大丈夫なのかな。文章偽造とか、身分詐称にならない? そもそも書類が日本語って、やっぱりここは日本なの?


 念のためもう一度確認しようと書類を手にした途端、紙が真っ白に光った。

 そして見る間に名刺ほどの大きさの真っ白なカードへと姿を変えた。


「うわっ! え? えええっ!?」

「問題なく登録できたわね。おめでとうセリ、これであなたも晴れて新人冒険者よ」


 にこにこ笑うサリーナさんに渡されたカードに記された文字は、セリ・ザワ、性別男、年齢十五歳。

 魔法のように目の前で姿を変えたカード。

 なぜか読めてしまう、見たことのない不思議な文字。

 

 それは、ここが間違いなく異世界だという事実を認識させるには、十分な出来事だった。


 そしてこれが私、芹沢愛菜ことセリが、モルデンで男の子の冒険者になった経緯だったりする。



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