オレオレ詐欺にお金を払う方法
木沢 真流
詐欺対策
「いい? まず、電話がかかってきました、そして俺だけど、って言われました、はい次どうするんだった?」
よし子はじっとミネを見つめた。もう白髪しかない頭の下には、シワシワのまるで梅干しを絞ったようなその表情が浮かんでいた。
——お願い、どうかうまくいって……。
よし子の眼差しにも思わず力が入る。
「そうね、元気かい? うまくやってるかい? だったけねえ」
よし子は全身で脱力した、もうこれで五回目だった。
「だからばあちゃん、違うって。誕生日はいつ? でしょう。それで合っているかを確認する、分かった?」
——このやりとり、さっきから全く同じ繰り返しだわ。
よし子はめげそうになる自分を励ました。次こそはきっと大丈夫、だって大事なミネばあちゃんのためだもの。もう一度目の前に正座するミネばあちゃんを見つめた。
ミネは御歳八十五歳、あの太平洋戦争をくぐり抜けて来た戦後日本の宝だ。よし子とは血縁関係は無い、大学の実習、地域交流の一環でちょうど知り合ったこのミネばあちゃんが独り身であることを知り、それからは事ある度に立ち寄っては、色々とお世話をしていたのだった。
世の中の流れは「特殊詐欺」と名前を変えているこの詐欺を、よし子が警戒し始めたのは先月からのことだった。
同じコミュニティのトキばあちゃんが、やられたのだった。○○銀行で不正が行われており、あなたのお金が狙われている、すぐに下ろしてください、下ろしたお金は捜査のため一時的に警察で預かるので、向かわせた部下に預けてください、手口は絵に書いたような常套手段だった。
トキばあちゃんは銀行に預けてあったなけなしの金をほとんど持って行かれた、そのショックで持病の腰痛が悪化し、入院期間が遷延、寝たきりに近い状況となりつつある。うそ電話はトキばあちゃんの金より何より健康な体を奪った、そっちの方がよし子は許せなかった。
それだけではない、ミネの元に度々不審な電話がかかってきているそうなのだ。しかも実際に何度かミネばあちゃんはその
「でもねえ、よし子さん。オレオレ詐欺は怖いけどねえ、もし本当に正夫から電話がかかってきたらどうするんだい」
正夫とはミネの孫、文字通り目の中に入れても痛くない最愛の孫だ、いや孫だった。ミネは正夫との会話をとても楽しみにしている、正夫からの電話と言われれば、飛び上がって喜ぶに違いない、それは重々よし子も分かっている。
「だから、そのために確認するんじゃない、誕生日はいつですか? って」
よし子は電話の横のメモ帳を指差した。
「これが正夫さんの誕生日、絶対相手はこれを言えないはずだから、そこで詐欺だってわかるってこと、いい?」
ミネはふーん、と一つため息をついて首をかしげた。
「それでもねえ……」
よし子は正義感が強かった。昔から、弱いものいじめをしている者は黙っていられない性分だった。街で、タバコを捨てる大人を見ては、それを拾い「落としましたよ」と丁寧に渡し返すような人間だった。
しかしそれと同時に短気だった。
「ばあちゃん、何度も言うようだけど……」
そんな短気なよし子の中では今、偉大なる正義感と頼りない忍耐力が壮絶な戦いを繰り広げ、ただただもう、結論を急いでいた。
「正夫さんはもう亡くなったのよ、一年前に」
よし子はまたこの話をしなければならないのか、と思うと少し憂鬱な気分になった。
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