サーチ・アンド・デストロイ的なカレシ

CKレコード

サーチ・アンド・デストロイ的なカレシ

バイト先でなんかいい感じの仲になった女の子から、「芸大の学祭に行かへん?」と誘われる。もちろん2つ返事でOK。しかし、こっちがOKした後に「私のカレシがその芸大にいるんやわ」とぶっ放しやがった。あ、ヤッパ・コイツ・カレシ・イルンダという軽い喪失感と、だったらなんであの時あの大きなオッパイをぐいぐいと俺に押し付けてきたんだ?という軽い不信感と、しかも俺をカレシの前に連行するだと?というこちら側の理解を超えた"存在の耐えられないほどに軽すぎる行動”とで、ボブ・ディラン風に言えば、まったく俺はブルーにこんがらがっちまった。複雑にこんがらがっちまった感情の結び目を少しずつ紐解きながら、彼女が指定した待ち合わせ場所である京阪三条駅の土下座像前へと急ぐ。土下座像前に着くと、彼女はまだ来ていなかった。


最初の注目は、「彼女がどんなファッションで現れるか」だった。彼女は普段からファッションに拘りを持っていて、その点が俺が彼女に惹かれた要因でもあった。(まあ、最大の惹かれ要因は、あの大きな2つの胸の膨らみであるのだが・・・。)やがて、彼女が優雅にゆっくりと歩いて現れた。今日の彼女のファッションはというと、俺の頭の中にジェームズ・ブラウンの「ホッペエ〜〜〜ン!」というシャウトが響き渡るぐらい思いっきり短いピチピチのホットパンツにカラフルでヒラヒラしたシャツだ。足元は、これでもかと高い厚底のブーツを履いていた。このスタイル、まんま映画タクシードライバーのジョディ・フォスターじゃないかよ。偶然にも俺は今日、M65ジャケットにデニムを合わせた格好だ。これでもし俺がモヒカン頭にサングラスのスタイルだったら、完全にタクシードライバーのコスプレイヤー2人組じゃないか。やっぱ俺達、相性抜群だなと、運命的な繋がりを感じ、一人盛り上がる。


ガラガラの電車に並んで座る。ガラガラだというのに彼女は距離を詰めて座ってきて、俺にぴったりと寄りかかってきた。女性の洗いたての髪の匂いと、攻撃的な香水の香りが鼻腔を突く。悪くない。あれこれお喋りをしていると、時折俺の腕が彼女の弾力あるオッパイにあたり、やんわりと跳ね返される。俺は、身も心もタクシードライバーの主人公トラヴィスになりきり、頭の中では、これから出会う事になるであろうチャラいカレシをブチのめし、この可憐な彼女を奪還するというイメージトレーニングを繰り返していた。


やがて、大学に着いた。芸大の学祭は、一種独特の異様な盛り上がりで(敢えて例えるならば、真夏にカレーを食いながらジャマイカを舞台としたイかれたレゲエ映画を見る時みたいな雰囲気だ)、その熱気に飲みこまれそうになる。イカンイカン。負けるもんか。


「あ、あれがね、ウチのカレシなんだ」


小さな声でつぶやいた彼女の視線の先にいたのは、いかにも怪しい風体のやたらガタイのいい男だった。え?アイツ?え?アイツがカレシなの?


「ちょっと呼んでくるから、待っててな」


ちょ、ちょ、ちょっと待って。男の風貌がこちらの想定を遥かに超えて怪しすぎて、心の準備が間に合わない。緊張が走る。ノコノコついて来ちまったが、もしかしたらぶん殴られるかもしれない。ヤバイ予感しかしない。


「あ、こちら、前に話したバイト先のタカハシくん」


「あ〜、関東の人やな。聞いてるよ。あんた、ロック好きなんやってな!ヨロシクな!」


と、カレシはやたら大きな声で俺に握手を求めてきた。そのカレシは、なぜか上半身スっ裸で、下はピタピタの黒の革パンツ。髪はモジャモジャの長髪だが、顔面は完全に間寛平というまるでジム・モリソンと寛平ちゃんをミキサーにかけて出てきたスムージーのような男だった。


「よ、よ、ヨロシク」


仕方なく握手を交わす。ハザマ・モリソンは俺の手を力強く握り返し、満足そうに頷いた。


「今からステージあるから、見てってな」


と言って振り返ると、両手を上げて「ウォーー」っと奇声を上げて走って去って行った。


「・・・カレシ、超個性的だね」


「うーん、最初はオモロかったんやけど、最近、ついていかれへん」


「・・・。」


体育館に移動して、ステージを見る。ステージの題名は、「芸大新喜劇 in Fun House」という嫌な予感しかしないタイトルだった。幕が上がると、桑原和夫扮するおばちゃん役の人が出てくる。吉本新喜劇定番のうどん屋のコントだった。池乃めだか扮するちっちゃいヤクザ役の人が出てきて、話が進む。ギャグは新喜劇の丸パクリ。会場はウケてるけど、普通だな。

と、そのユル〜い雰囲気をぶち壊すかのように、唐突にストゥージーズのI wanna be your dogの凶暴なイントロが会場に大音量で流れ出した。なんだ?なんだ?すると、その出囃子に乗って、上半身裸のデカい男がもの凄い勢いで袖からステージ中央に飛び込んできた。あ!さっき握手したハザマ・モリソンだ!と、うどん屋のテーブルに全速力でタックルをブチかまし、テーブルをステージ横にぶっ飛ばした。そして、うどん屋のカウンターに並べてあったビール瓶を何本も叩き割り、その破片の上にダイブしてのたうち回った。後に、そのビール瓶は、ガラスでは無く「身体に優しい素材でできたもの」と知るが、その時はわからない。イ、イギー・ポップだ!こいつ、イギー・ポップになりきってるぞ!

ハザマ・モリソンは、わけのわからない言葉を大声で叫びながら長い時間のたうち回った後に、スクッと立ち上がるとステージの真ん中で唐突に革パンツを降ろした。ノーパンだった。会場の女子達から悲鳴が上がる。そして一言、「がんばっとるか〜?」とブッ放した。は、間寛平!

帰り道、もの凄い敗北感に襲われている自分がいた。不覚にもあの男のパフォーマンスに俺は感動してしまった。あの男の狂いっぷりは、常人では到達できない域だ。もはやロックスターだ。そして、まあ、ヤツが革パンを降ろした瞬間、違う意味でも俺は完全に敗北した。


「やっぱりな、ウチあの人についていかれへんねん。だからな、今日、タカハシ君についてきてもらってん」


「ああ」


「今日な、ウチ帰りたくない」


帰りの電車で、肩越しに彼女が泣きそうな小さい声でつぶやいた。

俺は超至近距離で彼女の濡れた目を見つめ、


「だけどね、イギー・ポップ好きなヤツに悪いヤツいないんだからね」


と、ど直球の関東弁で返した。

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