元オタクの俺がもう一度オタクを目指す物語
ワラシ モカ
第1話 使徒、襲来1
会社勤めになって、いつからか、俺はアニメも漫画もほとんどと言っていいほど見れなくなっていた。
仕事で疲れて家に帰って、朝のままの布団に倒れ込むなんてこともざらである。そしてまた起きて、電車で揉みくちゃにされて、会社に行く。無能な上司にからまれて愛想笑いし、仕事の遅い後輩をフォローしたりしているうちに、ほとんど定時になっている。そして自分の仕事は残業というツケとして回ってくる。ほんとうに俺が優秀なら、その間に自分の仕事も終えていたのだろうが、あいにくそんな器用さは持ち合わせていない。今日もオフィスに一人ぽつねんと残っていた。
「もういいや、帰ろ」
俺は家にカップ麺がストックされていたかどうかぼんやり考えながら帰ろうとすると、不意に眩しい光が僕を照らした。
「キャッ!」
小さく悲鳴をあげたのは警備員さんだった。
「ああ、すみません、今帰ります」
「こちらこそすみません、驚いてしまって」
いつも飴ちゃんくれる警備の爺さんじゃないのか。
「えと、今日からお世話になりますサンムーン警備の堀越といいます」
「櫻内です。だいたい今日みたいにこの時間まで残ってるので、よろしくお願いします」
「はい! 今日もお仕事お疲れさまでした」
ニコニコ笑顔を見せる新人女性警備員。その笑顔の破壊力もそうだが、心からの労いの言葉をかけてくれるなんて体験をしたことなかった俺は、心を溶かされたような気持ちになって、泣きそうになった。
なんとか堪えて、こちらも愛想笑いで会社をあとにした。
帰りの電車はなんだか空いていて、少し幅をとって座れるほどだった。なんだかいい気分だった。電車の揺れが心地よい眠気を誘う。気づいたときには寝ていて、最寄りを一駅過ぎていた。
「あちゃー」
慌てて降り、しょうがなく歩いて帰る羽目になった。ついていない。家に着く頃には日付が変わるだろう。昔はソシャゲのログインボーナスをギリギリでとったり、日付が変わったときにガチャを引いたりなんかしていたが、そんなこともしなくなった。なにが楽しくて生きてるのか、よくわからない。そりゃ、ソシャゲのために生きるのは違うけど、もっと趣味だとか、そういうのに時間を割ける環境が欲しかった。そんなことを考えだすうちに、やっぱりカップ麺は家にないだろうという結論にいたり、コンビニに入ることにした。
「イラッシャイマセー」
雑誌コーナー、ドリンクと迂回してカップ麺をカゴに入れるのが一種のルーティンみたいになっている。週刊誌のマンガ、今はなにが連載してるんだろう。その時だけ、そんなことを思いながら通り抜ける。その後は缶ビールとチューハイを一つずつ買ってカップ麺を今日食べるのと、3日分買っておく。
レジには女の外国人が立っていて、コンビニのユニフォームが似合っていないことがなんだか可笑しかった。長い金髪はサラサラしていて、目は透き通るように碧い。チラとカゴを一瞥してこちらを見た。
「カップ麺、好きなんですか?」
急に話しかけられてどきりとする。
「え、ええ。よく食べます」
「ワタシも、日本来て初めて食べました。美味しいですよね」
そういいながらバーコードを読み取り出す。
「日本語、上手ですね」
「ネンレイカクニンお願いします」
ほとんど同時に発せられた言葉にお互い苦笑する。
「ごめんなさい」
「ううん、いいよ、日本大好きで、いっぱい勉強したの。ここでも、こうやって話しかけたりして、勉強してます」
「なるほどね」
会計を済ませると「また来てください」と笑顔で言われる。俺は「ありがとう」と返してコンビニを出た。
たまには寝過ごすことも悪くない。そんなふうに思いながら住宅街を歩く。湿度が高いとじわりとした汗が浮かんでくる。早く家に帰ってこのビールを開けたい。日付はとっくに変わっていた。そんな時間だというのに、住宅街に似つかわしくないキャリーケースを引きずった女性が半ベソをかいている。
「……」
「……」
目があってしまった。
「あの」
とても澄んだ声だった。
「このマンションって、どこですか?」
いつまでも聞いていたい声だ。彼女はメモ書きを渡して見せた。
「このマンションですか? ええと……ってこれ、うちですね」
「え」
「俺が住んでるのがそこの2階なんですよ、というか、203号室だと、お隣ですね」
「えええ!?」
澄んでる声は真夜中にピンと響いた。
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