第125話 生命の神の使徒

 速度が速すぎた。

 速度を殺すため足で踏ん張った大広間の柱が折れる。

 更にその先の石壁で踏ん張って、壁にヒビが入るも何とか速度を殺して赤い絨毯の上に着地成功。

 身体強化を最大限にかけたので俺に損傷は無い。

 せいぜい後に筋肉痛に苦しむくらいだろう。

 今は高速剣神技と闇剣術で使徒2人が戦っている処。

 イザベルは攻撃部隊の把握と維持に施術を使用中。


 捕り物はもう終盤だ。

 他は部隊も闇の神アイバル教団員も戦っている者はほとんどいない。

 大部分は術戦闘で力を使い果たし倒れているか、応援に駆けつけた部隊によって外に搬送中か。

 倒れている連中に死者はいないが重傷者は多い。

 イザベルの施術で持たせつつじわじわ治療している状態。

 だがイザベル自身の力も残り少ない。


「使徒様! 何故!」

 イザベルが俺に気づく。

「部隊員を回復させる」

 生命の神セドナ使徒の力は常人の数倍だ。

 この人数なら全回復なんて施術を使っても余裕はある。

「イザベルは部隊と一緒に撤収してくれ。ここは危険だ!」

「でも使徒様が」


「大丈夫だ! 任せろ!」

 そう言っておいてちょっと説得力無いかなと思い直す。

 前にも一度似たような事があったし。

闇の神アイバルの使徒への対策をやっていたのはイザベルだけじゃない。だから心配するな」

「信じていいのですね」

「これでも生命の神セドナの使徒だ」

「絶対なのですよ」

 イザベルに向けた放たれた攻撃魔法を中和させて俺は頷く。


「よそ見する余裕があるのか」

「これでも器用な方でしてね」

 使徒2人の剣戟が止んだ。

 距離をとった後、闇の神アイバルの使徒が格好だけは恭しく頭を下げる。

「ようこそ生命の神セドナの使徒殿。お待ちしていました。

 さて、使徒お二方を相手にする前に名乗らせていただきましょう。私は偉大なる闇の神アイバルの使徒でダーハーカーと申します。今後とも闇と恐怖を司る使徒としてお伝え願えれば幸いです」

「ここで倒される身が何を言う」

「残念ながらそうはならないかと。王都アネイアは最高の舞台です。使徒2人が我が神の前に斃れたとあらば下級信者を何人失おうとも安いもの。闇の恐怖は王国全体に広まり、我が神もお喜びになる事でしょう」


「前回は逃げたのにか」

生命の神セドナの使徒の実力を確かめる為、色々力を使いましたのでね。ですが今回は違う。最高の舞台を調えるべく我が教団の情報を流し、お二方にここに来ていただいた訳です。先程申した通り、使徒2人を斃して闇の恐怖を王国全体に広める為に。

 それでは参りましょうか」


 さて、ここからだ。

 前回『生命神の呪いセドナ・イムプレカーティオー』から奴は逃れた。

 その原因は3次元と時間以上の軸を奴が使っているからと俺は予想した。

 幸い此処へ急行する途中、俺も同様の軸を使った移動を理解し会得した。

 同じ軸を使っているなら今の俺は奴を把握できる。

 これは賭けだ。

 だが俺は何故か自信がある。


勝利の聖闘ナイケ・プロエリウム!』

闇の抱擁アイバル・アメット!』

 2人の使徒の秘術が炸裂する。

 使徒トマゾ氏の術が奴を襲う。

 奴の術が俺とトマゾ氏を襲う。

 俺は先程覚えた軸を使って逃げる。

 奴の秘術が俺を追いかける。

 俺は更に逃げる。

 奴の術が止まった。

 俺を見失ったようだ。


 トマゾ氏は奴の術に耐えている。

 この様子ならある程度は持つだろう。

 だがトマゾ氏の術は奴には完全にはかかっていない。

 奴が軸を少しだけずらしたからだ。


 だが奴は俺を見失って動揺している。

 俺は気づいた。

 奴と俺はおそらく同じ軸を使える。

 しかし奴はその軸が3次元の縦横高さと同様なものとは気づいていない。

 組み合わせて移動させたり、さらに湾曲させて近道したりなんて事が出来ない。

 つまり三次元上の最短位置はそのまま、ただ別軸上を少し移動しただけ。

 不可視の穴を掘ってうずくまっているようなものだ。

 ならば。


『裁きの時間だ』

 俺は奴を認識できるから意思を施術で伝えられる。

 しかし奴は俺を認識出来ない。

 少しだけ俺は躊躇する。

 俺は転生してから、いや転生する前からも人を殺した事は無い。

 だが奴をここで斃さなければいずれまたイザベルや俺自身が襲われる。

 自分の神の信者すら失う事を惜しまない奴の事だ。

 ここで倒さなければ更なる被害を生む。

 生命の神セドナの使徒として見逃すわけにはいかない。


生命の呪いセドナ・イムプレカーティオー!』

 俺の持つ攻撃施術で最強の秘術。

 今の俺の認識の前に逃げ場は無い。

 奴から使徒トマゾ氏への攻撃魔術が途切れる。

 攻撃を耐えている今、術を続ける余裕が無くなったようだ。

 トマゾ氏は左右を見回して状況を確認している。

 だが彼からは俺も奴も見えないし感じられない。


『使徒レンです。現在別空間で奴を追い詰めています』

 連絡は通じたようだ。

『何と。別空間とは何だ』

『後程説明します』

 何せまだ戦闘中だ。


 奴、ダーハーカーは全力で俺の術に抵抗している。

 だが俺を認識できない事で奴は動揺している。

 奴の逃れ場所である別空間が通用しない事が奴の心を追い詰める。

 術の強さは最終的には心の強さだ。

 自らの動揺が奴の力を奪い、そして……


 奴は苦し紛れに通常空間へと逃れる。

 だがそこまでだった。

 奴に対し生命の全てが造反する。

 常在菌やウィルスだけでなく身体に内包する自らの生命組織にさえも。

 瞬く間に奴は奴だったものへと崩壊。

 生を失い単なる物質へと成り下がった。


 俺も通常空間へと戻る。

「レン殿、これはいったい……」

 突如現れた俺と奴だったものを前にして尋ねるトマゾ氏。

「奴です。これで終わりました」

 俺は奴であったものに高熱施術を発動。

 あっという間に燃焼し、二酸化炭素と水蒸気、僅かな灰へと姿を変えた。

 そしてそれすらも風に煽られて散っていく。


「何だったのだ今のは。奴もレン殿も気配すら感じずに姿を消し、そして現れた。これもまた術だったのか」

 トマゾ氏に俺は頷く。

「ええ。この世界から少しだけ別の世界に近い場所へと移動する術です。前回奴に逃げられてからずっと考えていました。奴が何をしたか、何処へ逃げたかを。

 賭けでしたが何とかなったようです」


「奴の力が霧散していくのがわかる。逃げられたのではない。確かに斃したのだと」

 その辺は流石に使徒だけに感ずるようだ。

「また新たな闇の神アイバルの使徒が誕生するかもしれませんがね」

 俺の台詞にトマゾ氏は首を横に振る。

「そう簡単に使徒が再来する事は無い。これで信者もかなり減った筈だ。闇の神アイバル教団が復活して使徒が再来するまで当分はかかる。私やレン殿の時代にはもう無いだろう」


 そうか。なら少しは安心していいのかな、俺も。

 さて、戦いは終わった。

「とりあえず此処を出ましょう。建物も酷い状態ですし」

 壁も明かり取りの窓も所々壊れて穴が開いている。

 柱のうち1本は俺が壊したものだけれど。


 不意に酷く疲れを感じた。

 この状態は憶えがある。

 施術を使い過ぎて力が残っていないのだ。

 眠い、何かもう懈い。

 それでも何とか力を振り絞って建物から出る。

「使徒様!」

 あ、イザベルだな。

 そう思って安堵した瞬間、俺の意識はブラックアウトした。

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