第119話 夜の散歩(7)~俺とイザベルとクロエちゃんと~

「俺がイザベルの事を好きなのは間違いないと思う。妙な言い方かもしれないけれど、俺も俺自身の事になるとあまり自信を持てない。でも今、イザベルがいなくなったらどうしようかと考えてみて思った。そんな事態は想像したくないと。

 補佐として有能なのは間違いない。でも補佐としてなら能力は若干劣るかもしれないけれど確かに替えはいると思う。知識だって例えばイザベルの師匠や先輩格にとんでもないのが結構いたりする。

 でもだからといってイザベルの代わりになるかというと、多分ならない。

 何か思いつくと真っ先にイザベルに話したくなる。

 イザベルがどう反応するか知りたくなる。

 どんな意見を言われるか楽しみにしている。


 俺はきっと、イザベルという人間が大好きなんだと思う。

 ただ俺が女性としてイザベルを好きになれるかはわからない。

 俺は他人を自分の性的な相手として見ることがいまのところ出来ない。一緒に暮らすパートナーとしても見ることが出来ない。前に言ったように前の世界で結婚していた相手が酷かったというのが多分原因だと思う。


 もちろんイザベルの性格はわかっている。そんな酷いのと比べるのも申し訳ないくらいだってわかっている。わかっているんだけれど駄目なんだ。

 まず人と暮らすという事そのものが俺には多分無理だ。よほどの場合を除いて自分以外の人が部屋にいると眠れない。性欲等が存在しないわけではないのだけれど。


 それもあって、結婚という単語が俺からは出ない。勿論俺の今の状態はあくまで今の状態で、後に変わるかもしれない。でもそのままかもしれない。

 目が見えないせいで余計にその辺を感じないのかもしれない。例え誰もが心を揺さぶられる絵があったとしても、今の俺の現状認識ではその辺を感じられないのと同じで。でもそうではないかもしれない。

 だから俺からイザベルをそういう形でつなぎ止めることは多分、出来ない」


「それでもイザベル先生は構わないと思いますけれど」

「でもその辺の事情があくまで俺のせいなのか、それともイザベルのせいなのか。いくら俺が俺自身のせいだと言ってもイザベルがそう完全に信じられるかどうか。あいつの事だから少しでも疑う点があれば自分を責めかねない」


 クロエちゃんはうーんと考え込む。

「その辺を治す施術とかは無いですか」

 そう言えばそうだよな。

 俺は使えそうな施術を現状認識で調べてみる。

「駄目そうだ。今の俺の状態は生命の神セドナに代償として封じられている視覚と体力以外は正常と出ている。つまり施術では治療できない」


「思った以上に厄介かつ面倒な状態だったです」

 クロエちゃんはそう言ってため息をつく。

「本当ならここでイザベル先生とくっついてもらって、結婚への敷居を下げてもらった後に2番目の妻として狙うつもりだったんですけれど」

 おい待てクロエちゃん。

「何だそりゃ」

「イザベル先生が言っていました。この国でも生命の神セドナ教団でも重婚は禁止されていないのですって。むしろ教義で重婚を奨励しようと思ったら使徒様に反対されたって。あの頃は独占欲とか嫉妬なんていう感情を本当には知らなかったので、つい合理的に色々考えてしまったのですよ。なんて言いながら」


 おいおい。

 それって仮にも先生と生徒の会話かよ。

 ノーラ司祭あたりに言ったら凄い目で見られそうだぞ。

 場合によってはお小言も来るな、いやまちがいなく来るか。

「とんでもない事まで話しているんだな」

「イザベル先生は恩師であるとともに年が離れた友達で、そして何よりライバルなんです。校長先生こと使徒様を巡っての」

 おいおい。

 なんだかなあ。

 

「女の子って男子と違って精神的な成長が早いんだな。もうそんな事まで考えたり話したりしているんだ」

 つい思った事を口にしてしまう。

「『誰かを好きになってしまうと女の子の時間は動き始めるんですよ』。これもイザベル先生がそう言っていたんですけれどね」

 そう言ってクロエちゃんは立ち上がり、俺に頭を下げた。

「こんな夜中に、それも答えにくかったり生徒として適切でなかったりする質問に、それでも真っ正面から答えていただいてありがとうございました」

「送るよ。この時間に帰った事の言い訳をしないとな」

 俺も立ち上がる。


「ごめんな。遅くなったしきちんとした答を出せなくて」

「いえ、校長先生は誠実に答えてくれたと思っています。ただ私もイザベル先生も諦めないですよ、これくらいでは。恋する女の子って諦めも悪いんですよ、本当に」

 なんだかなあ。


「それもイザベルが言ったのか」

「今のは私の意見です」

 おいおい。

 微妙にかなわないなあ、と思ったりする。

 申し訳無いとも思うし、やはり何だかなあとも思う。

 だいたいこんな話をまだ13歳の女の子とするというのも異常だよな。

 俺はふと空を見る。

 月が綺麗だ。


「月の意味は、惑いだったかな?」

 何となくそんな言葉が出てしまった。

「何ですか、それ」

「前の世界にタロットという占いに使うカードがあってさ。月のカードは迷いとか惑いを意味しているんだ。ぼんやりと薄暗くて道に迷いやすいからかな」

「でもいつかは朝になって太陽が昇ってくるんですよ」

 確かにそうだな。

 そうであったらいいな。

 そんな事を思いながら学校の寮まで歩いて行く。


 なお寮監の当番はエヴェリーナ司祭補だった。

「いくら質問があってそれに答えていたからと言って、この時間は遅すぎます。いかにも使徒様……校長先生らしいですが、少しは考えて下さい」

 思いっきり怒られた。


 でもそれも含めて月の夜だな。

 部屋に戻りながらそんな事を思う。

 迷いと惑いと、何かに化かされたようなそんな夜。

 でもきっとそう思ってしまってはいけないのだろう。

 俺なりに色々考えないと。

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