第117話 夜の散歩(5)~私とイザベル先生と校長先生~

 なるほどな。

 そう言えば学校1年目の秋頃にはもうクロエちゃんとエレナちゃんは開発室に常駐していた。

 それにはこんな物語があった訳か。

 確かにイザベルらしい話だなと思う。

 学校の先生として正しいかどうかはわからないけれど。

 何故イザベルらしいと思えるかというと、きっと俺自身にもイザベル的な処があるからなんだと思う。

 そういう意味でもイザベルは色々頼りになるし信頼出来る。

 使徒様と補佐としてだけでなく俺個人として。


 さて、クロエちゃんから色々話を聞いた。

 けれどきっと、まだ話の内容は半分くらいなのだろうと思う。

 でもどんなにゆっくり歩いてももうすぐ俺の部屋がある建物。

 それにクロエちゃんは今日は朝から試験で終了後馬車で帰ってきた処。

 本人が意識しているかは別だが疲れている筈だ。

「どうする。もし疲れたなら部屋で話を聞こうか?」


 クロエちゃんは首を横に振る。

「校長先生の部屋は副校長先生の部屋の近くですよね。出来れば今はまだ副校長先生には聞かれたくないんです。ごめんなさい、内容がよくまとまらない話で」

「いや、かまわないし続けて欲しい。クロエは多分俺に真剣に何かを伝えたいんだろ。それなら最後まで聞きたい。それなら教会本部の図書館横の部屋でも行くか。あそこならこの時間、誰も近くにいないだろうし」


「ありがとうございます。そういう処って校長先生と副校長、いやイザベル先生って同じなんですよね。相手が子供であろうととりとめのない話だろうと本気で聞いてくれるし、誤魔化さないできちんと答えてくれるところ」

「使徒も校長先生も似たようなものさ」

「その辺はちょっと疑問がありますけれど。でも取り敢えず先を続けます」

 そしてクロエちゃんはまた話し始める。


「開発室に出入りするようになって、更に色々な事が見えるようになりました。本によって色々な知識が得られただけではありません。イザベル先生の仕事の手伝いもさせていただいたおかげもあります。

『今日から午後の農業の仕事はしなくていいのですよ。その代わり私の使徒補佐としての仕事をまず手伝って貰うのです』

 そう言われて最初に手伝ったのは資料集めでした。


『私は学校や他の仕事があるのでなかなか資料を集められないのです。だからクロエとエレナに頼むのですよ。私がいない時にわからない事があったらドロテア司祭に相談するのです。それではまずここに書いてある資料をまとめて欲しいのです』

 書いてあったのはここ数年の農業統計、いくつかの作物の毎年の値段、教会や救護院に入る被救護者の人数等でした。


『これはどんな風に役に立てるんですか』

 私はイザベル先生に尋ねました。

『今、校長先生こと使徒様の発案で、中小農家への援助策を作っているのですよ。教団に代わって自分の畑で作物を作って貰い、それを決まった値段で買い取るという制度なのです。豊作でも不作でも、周りと同じ程度の作況なら決まったお金をきちんと払うという仕組みなのですよ。

 これが実現すれば作物の値段の上下に苦しむ事が無くなるし、豊作でも不作でも決まったお金が手に入るのです。うまくいけば農家も助かるし作物の値段が安定することによって都市の貧しい人も助かるのです。ただそれだけにきっちり計画を立てないと教団が破産しかねないのです。

 クロエとエレナに頼む作業はこの買い取りの値段を決める作業に使う予定なのです。だからクロエもエレナも責任重大なのですよ』


 そんな重大な事を私達がやっていいんだろうか。

 そう思った私にイザベル先生は言いました。

『クロエもエレナも自信を持っていいのですよ。2人とも既に自分で本を読んで必要な事を自分で選んで探す、その能力を持っているのです。教えた私がそう言うのですから間違いないのですよ。だから自信を持って探して欲しいのです。その結果が沢山の人の生活を変えていくのです』

 それでもこの時はまだ自分のやっている事の重大さとその結果の影響に本当には気づいていませんでした。

 気づいたのは調べ初めて、ある程度資料がまとまりはじめた頃からです。


 私の家も中小の、というよりはかなり貧しい農家でした。豊作の年は作物が余っているから収入はそれほど多くない。不作の年は売れる物が少ないから余計に収入が少ない。貧しい農家なんてその繰り返しです。結局自分の家で食べる分がやっと、そんな暮らしになります。

 でもこの制度が出来たら、きちんと世話して作物を作ればもうそんな貧しい事にはならない。いざ天候が悪くて不作でも暮らせる程度にはお金が貰える。


 貧農以外の生活を学校で知った私にとって、この仕組みは衝撃的でした。この制度で私の家や周りの家が画期的に変わる。それが目に見えるようにわかったんです。

 これは凄い制度だ。どうしてこんな制度を考えられたんだ。そんな内容の事を私はイザベル先生に聞きました。

 イザベル先生は頷きました。


『その辺はやっぱり使徒様なのですよ。私なんかは問題があるとわかっていてもどうすればいいかわからない。でも使徒様は『こういう案はどうだろう』とさらっと思いつくのです。学校だってそうだしその前に病院を増やした時もそうなのです。そういう意味でかなわないなとも思うし、凄いなとも思うし憧れるのです。でもそれ以上に一緒に仕事が出来る事、一緒にいられるという事が嬉しく感じるのですよ』


 そこで私は思い出したんです。

 私が今こうして学校にいられるのも、元はといえば使徒様、つまり校長先生がこの学校を作ってくれたからだって」


「その辺は色々俺も言いたい事があるけれどな。

 学校を思いついたのはイザベルと一緒に南部を回っている最中で、イザベルだって同じ事を考えていた。更に言うと農家補助策は確かに思いついたのは俺だけれど、具現化したのはほぼイザベルだ。クロエ達が手伝った事前調査から教団内での根回しや事務調整、他の関係機関との調整までほぼ全部イザベルがやったんだ。だからあれは本当はイザベルの業績だと俺は思う」


「でもイザベル先生はこうも言っていたんです。『補佐としての私は確かに優秀だと自負しているのです。でも補佐が私でなくとも使徒様の行った色々な改革は実現したと思うのですよ。だから全ては使徒様の功績なのです』って」

「イザベル無しで出来たかどうかは俺は疑問に思うけれどな」

「その辺はきっと平行線なんですね」

 確かに俺としてはそこを譲る気は無い。

 そしてそれはイザベルも同じなのかもしれない。

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