第23話 巡行途中で学校計画

 その案が出たのは俺からだろうか、イザベルからだろうか。

 幾つめかの街で一通りお仕事を終えて、あとは朝の馬車出発まで休めばいいという時だった。

「やっぱり教育は必要だよな」

「せめて文字や簡単な計算等、最低限の事を教えるだけでもいいのです」

 俺の部屋で雑談中、そんな話になった。


 俺とイザベルの意見が一致したのは教育の必要性だ。

 小作人だの貧農だの下っ端漁船員だのは大体文字の読み書きは出来ない。

 当然簡単な計算も出来ない。

 故に子供も文字の読み書き等は出来ないのが普通だ。

 結果より良い仕事に就くことが出来ず、貧困が再生産される。


 一方で教会の孤児院は一応最低限の教育はしている。

 文字の読み書きも簡単な計算等も教団で働く上で知っていた方が便利だからだ。

 なにせ教本を読めなければ生命の神セドナ教団の教義すら学習できない。

 この孤児院でやっている教育をもう少し広げ、学校に通えない子供たちにも開放しようという訳である。

 無論実現させるまでに考えるべき課題は多い。


「まずどうやって子供達を学校に来させるかですね」

 子供であっても労働力だ。

 特に貧しい家ほどその傾向は強い。

 それを学校に来させるためにはそれなりの餌が必要だ。

 将来に役に立つなんて事では駄目。

 もっと即物的な餌を与える必要がある。


「まずは食事だな。教団の学校に来れば朝飯と昼飯が食える。それである程度釣れるだろう」

 貧民にとっては子供の食事でも結構大きな負担だ。

 それを2食与えるだけでも大分助かるだろう。

「でもそれだけでは少し弱いのです。もう少し餌を与えないと無理なのです」

 確かにそうかもしれないな。

 ならばだ。


「いっその事通えば給料をやるというのはどうだ。教団でも農繁期は結構人手が必要だろう。そういった処で働かせ、かつ勉強もさせるというのは。孤児院だってそれに近い状態なんだ。そう無理じゃないだろう」


「なら仕事の洗い出しをしなければならないのです。貧困民でも子供が通いやすい場所はやはりある程度人数が多い街だと思うのです。なら街で可能で、子供でも可能である程度営利を追求でき、教団内で出来る仕事を作り出す必要があるのです」


「学校に寄宿舎をつけてやれば農村でやっても大丈夫だろう。才能のある子には施術なんかも教えれば新たな治療の担い手も育つだろうし」

 俺とイザベルの案はどんどん膨らんでいく。

 なおイザベルと2人の時はメモをとる必要も無い。

 必要な事はだいたいイザベルがおぼえていてくれるからだ。

 こいつは本当に有能だよな。

 幸い明日は一日中馬車の予定。

 つまり寝る時間は十分とれる。

 そんな訳で俺とイザベルの案はどんどん膨らんでいく。


 そしてついにイザベルは紙とペンを手にした。

「これはとりあえずソーフィア大司教に案を提出するのです。あの人が一番事務的に有能なので、細かい処の配慮を色々してくれると思うのです」

 その辺イザベルとソーフィア大司教の間には信頼関係がある様だ。

 俺達が考えた案をイザベルが稟議書にささっとまとめていく。

 宗教的な意義を加える事も忘れない。

 うん、やっぱりイザベルは有能だ。


 そんな訳で孤児院と貧民救済用の学校を統合した寄宿制学校の案は稟議書にまとまった。

 場所は広大な農地や加工場があり子供でも手伝う事が出来る場所。

 例として教団本部農場付近等があげられている。

 寄宿制である程度きちんとした宿舎と学び舎を建設する事。

 ただ贅沢な必要はなく、教団らしい質実剛健な感じで可。

 学年と仕事量に応じて親元へは給金を支払う事。

 更に生徒には生活に最低限必要なものは支給する事。 

 制服とある程度の私服、他生活道具や勉強道具等である。

 年齢や年限は10歳から最大3年間までで1年単位で更新可能と仮定した。

 親元から離すからある程度年齢は高い方がいいだろう。

 最低限の読み書きと計算には1年は必要だろう。

 歴史その他社会常識的な基本知識を身に着けるには3年くらい必要だろう。

 そう考えての事である。


「さて、どうだろうね」

 作成した稟議書に署名をして俺はつぶやく。

「おそらく帰る頃までには色々始まっていると思うのです。メリットを考えればソーフィア大司教あのおばさんが却下する筈は無いのです。各孤児院がある程度空いて年齢層の高い孤児を集約する事が出来るのです。新事業だの色々で農業部門から人を出されているので働き手は子供でも欲しい筈なのです」

 イザベルは自信たっぷりだ。


 さて、夜も遅くなったし寝るとするか。

「それでは失礼するのですよ」

 イザベルは俺の部屋から出ていく。


 ふと俺は気づいた。

 夜遅くイザベルが俺の部屋からこっそり出ていく状況。

 これって他の皆さんに誤解されないか?

 今頃になってそんな不安が出てくる。

「昨晩はお楽しみでしたね」

 そんな感じの目で見られないか。

 俺は前世以来女性不信なんだ!

 そう言っても信じてくれないだろう。

 そうでなくとも俺のスタッフは綺麗処ばかりだし。

 そんなくだらない考えのせいで眠れないまま、窓の外は少しずつ明るくなっていく……


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る