第7話 才女で曲者で癖がある補佐役殿

「なるほど、使徒様はなかなか面白い事を考えていらっしゃいますね」

 俺の考えを説明した後、イザベル司教捕はそう言って頷いた。

「私も清貧を強要するとか贅沢を禁じるなんてのはおかしい面があると思っていたのですよ。神の言葉の何処にもそんな事は記載されていないのです。でも実際はちょっとでも贅沢と感じた事は禁止され、清貧に耐える事が美徳とされているのです」

 いい反応だ。

 俺の作業の方向性をすぐに理解し、かつ同意してくれた。


「そうなんだ。別に耐える事が美徳なんじゃない。生命の神セドナもそんな事は望んでいない筈なんだ。耐えている分神が救ってくれるなんてのは幻想だ。実際はどんな者も神は救おうとしている筈だ」

 俺も口調を本来の状態に戻す。

 この方が話しやすいしな。


「どんな者も、というのはあえて入れない方が適切だと思うのですよ。神に選ばれた、選ばれた思想を持っている、そう思うのは個人の自由なのです。その辺をあえて否定してやる必要は無いのです」

 なるほど確かにこいつは曲者だ。

 頭は良さそうだが司教補なんて役職者が言うような台詞じゃ無い。

 でもだったら……疑問が生じる。


「イザベル司教補は何故この教団に入ったんだ?」

「イザベルでいいのですよ、煩いおばさんもここには居ませんし。ぶっちゃけお家の事情という奴ですね。義理の母だの兄上だのが色々権力志向の強い方々で、ちょっと私が邪魔になったのです。毒殺されるのは嫌なのでさっさとここに逃げてきた訳なのですよ。教団の修道女なんてやっていればその辺の欲も無さそうだと皆さん思ってくれますので。それに今は貧乏とはいえど生命の神セドナ教団、色々な知識を豊富に学べますので」


 何か色々大変だったようだ。

「聞いて申し訳なかった」

「気にしていないのでいいのですよ。元々私はそんな欲はあまり無いのです。私が欲するのはただただ知識でして、それを学ぶにはここは最適な処なのです。強いて言えばこの教団、言葉遣いとか物腰だとか細かい所に煩いのが欠点と言えば欠点なのです。でもソーフィア大司教はやる事やっていれば煩くなくて割とやりやすかったのです。

 使徒様もその辺はあまり気にしない方のようで良かったです」

 なるほど、癖があるというのはそういう辺りか。

 でも俺にとっては色々好都合だ。

 色々気にしないで済む。


「それでは作業方針なのです。使徒様には申し訳ないのですが、おそらくこれら教本については私の方が色々詳しいと思うのです。これでも主な教義や今までの使徒が伝えた生命の神セドナの御言葉等は全て頭に入っているのです。ですのでその辺を矛盾無く修正するのは私がやるのがいいと思うのです。

 ですので私が草稿を書きますので、使徒様がそれを確認の上訂正したり協議したりすればいいと思うのです」


 それは願ったり叶ったりだ。

 俺がいちいち他の教本を確認したりしないで済む。

「なら基本的に任せていいかな」

「どんと来いなのですよ。でも使徒様による確認だけはお願いしたいのです。私の常識は皆の非常識と昔から言われていたのです。私としては不本意なのですが、その辺歩み寄るには他人の手を煩わせるのが一番なのです」

 色々自覚はあるようだ。

 その上でも有能そうなのでもう任せてみる。

 そんな訳で俺達の教本改訂作業はスタートした。


 数時間後。

 早くも俺は大司教の評価や本人申告が正しい事を実感する事になった。

「この婚姻制度なのですが、ぶっちゃけ多夫多妻制を推進した方が良いのではないでしょうか」

 小学生程度にしか見えない司教補殿がそんな恐ろしい事を提案したのだ。


「それは表だって言うべきでは無いというか、基本は一夫一妻にしておくべきだろ」

「何故なのですか。一夫一妻制など単なる俗習にしか過ぎないと私は思うのです。

 私の計算によると生殖は夫1人につき妻2人程度の方が効率的なのです。1人がお産で動けなくとも家事に困らないのです。

 仕事等は男が外で部下なり同僚なりを使って行いますよね。でも家事はお手伝いさんを雇えない大部分の人間は妻が主に行うのですよ。ならそこを複数配置するのが合理的なのです。更に言うと夫3、妻5位の配置が最も計算上生殖効率がいいのです」


 おいおいそこまで考えるか。

 流石に多夫多妻制となると俺の想定外だ。

 こいつの頭には一般的倫理は存在しないのか。

 そう思って気付く。

 そういえば本人も認めていたな。

『私の常識は皆の非常識』と。

 ならば倫理ではなく理屈で攻めるしかない。


「でも生まれてくるのは男女比だいたい1対1だろ。厳密には男の方が少しだけ多い筈だ。男の方が幼児期の死亡率が高い分だけな。そこでまず一夫多妻制を推進してみろ。男が余りまくるだろ」

「優秀な男の種がより多く次代に引き継がれる。いい事じゃないですか」

「あぶれた男が大変だろ。そんなんで性犯罪が増えたら大変だしさ」


「なら多夫多妻制なら問題ないのです」

「ありまくりだ。その場合同じ家族の夫の中でも人気者とそうでない者が出てくるだろう。人数が少ない分露骨に出るかもしれない。そうすると実際は一夫多妻制だろ。妻の方から考えても同じだ。どっちにしろ一極集中は避けられない。

 それに将来を考えると遺伝子の多様性は必要だ。野菜なんかも同じ品種ばかりではいざ病気が流行った際なんかにあっさり全滅してしまう。その辺を考えるとあえて多夫多妻制を推進なんて書かない方がいいんじゃないか」


 イザベル、ちょっと考える。

「うーむ、なるほど。一理あるのです。流石使徒様なのです。それではおっしゃる通り、あえて多夫多妻制を推し進めるのはやめるのです」


 こんな問答がしょっちゅう勃発するのである。

 確かにこいつ、有能だし知識も豊富だ。

 ただしソーフィア大司教が癖があるというのももっともだ。

 というかよくこんなのを教団内で扱えていたな。

 感心するというか呆れるというか。

 そんな日々が続く。

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