サキザキ
アリエッティ
第1話 彼の証明
裂崎 劉馬という青年がいた。
彼は普通に生きていたが、周りは是とはしなかった。
口を揃えて『変わってる』と囃し立て
拒否し続けた。
人は自分と違うと決めたものを、形の歪なモノをこれでもかと一生懸命に否定し続ける。
まるでそれが、正義かの様に..。
「さきざき..これなんて読むの?
下の名前」
「リュウマ、です。」
「あ、りゅうまくんね。
でさりゅうまくん、これ履歴書持ってきてくれたのはいいけど真っ白だよ」
「...書いてますよね?」
「いや書いてないよ!
資格のところだって白紙じゃないか」
小さな事務所内で軽く怒号が響く、理由は空白の履歴書。
「高校で書き方教わらなかった?」
「..教わりましたよ、無駄な事ばかり教えますからね教員は。」
「ならまずその学校で教わった事が備わってないよね?」
「……貴方学校行ってるんですか?」
「え?」
「聞き取れないんですか。」
「..まぁいいや、取り敢えずこれだけじゃ分からないから幾つか質問してもいいよね」
「...どうぞ。」
高飛車な態度をぐっと堪えへりくだるも更にマウントを取る様な態度。
「まず趣味はなんですか?」
「...それ聞いてどうすんですか」
「え?
だから君の個性とかを知る為だよ」
「ここ警備会社ですよね?
何で個性が必要なんですか。」
「何でって...」
「何よりも無個性な仕事なのに」
「どういう意味だそれは!」
誤解を生む言葉では無く、独自性を肥大させる悪口。
「質問は以上ですか?」
「...それでは、志望動機を教えて」
「書いてありますが」
「え?」 「履歴書に。」
「……」
履歴書に目をやると『必要資金』とだけ記されている。
「この必要資金って何?」
「普通ですよ。
生活費とか、交通費とか」
「交通費って何処行くの?
専門学校とか?」
「...言う義理はありませんよ」
「ちょっと君ねぇ!
さっきからどういうつもりなの!?」
遂に怒りを露わにするが青年の振る舞いは変わらず、覇気のない目で天井を見ている。
「バイトの面接に来てるんだよね?」
「そうですよ。」
「だったら答えなよ質問に!」
「答えた上で言っているんです、貴方は僕に金を払うだけの存在。僕は頂く側の人間。それ以外の関係性はまるで無いのに干渉されるのは嫌ですよ?」
知らぬ死に損ないが顔を合わせた程度で内側を漁ろうするなど嘔吐する悍しさだ。
「人間性を探るなんて高尚な事をしない方がいいですよ、こんな生業を自ら選択する特性の無い人間なのだから」
「もういい、帰れ!」
「履歴書..破り捨てて下さいね。」
個人情報を抹消し、時給だけがメリットの廃墟から身を引いて外に出た。
「また不採用か、世間体を作るのにも手間が掛かるな..」
交通費や生活費などは口実で、本当は都合の良い肩書を持って難を躱そうとしているだけだった。
「...ん?」
蹴飛ばされた男に薬を渡す愚者がいた
「ホテルマンか、丁度いいな。」
汚い電柱の張り紙は、新たな脚を求めている。
「向かうとするか。
本来肩書きなんかいらないんだが」
日没に夕方が少し残っているくらいの隠れた視界でよくチラシの字が読めたものだ。
エネルゾンホテル
「外のチラシを見て来ました。」
「履歴書は?」
「...ありません。」
「ありませんって、普通書いて来るよね。違う?」
「すみません、咄嗟だったもので。
しかしこんなネット社会のご時世に電柱にチラシを貼ってるという事は余程の人材難なのだと思い軽い気持ちで尋ねたのですが」
「へぇ。」
「選んでる暇あったら取るべきだと思いますよ?」
「...いい度胸じゃん、採用。」
「狂っているな..」
さっきの今で許可を貰い、ホテルの支配下となった。
「良い人では決して無いだろうな」
日が暮れ初日という事もありフロントの清掃をやらされた。朝になれば、部屋にまで手が及ぶという。
「親にやらせると腹が立つのに、ここでは平気でさせるのか。」
母親を雇えば自然と客足が減るだろう
「金を貰えさえすれば何でもいい」
このまま朝までのらりくらりとモップを縦に振り床を濡らす。上に下に動かすだけ、それだけで夜は明ける。
「じゃあこれから部屋やって貰うから
端から攻めてって。」
「...はい」
モップを置き手動に切り替える。
ゴミ共が落としたゴミを拾う為に。
「端から攻めろって、何故好戦的なんだ。誰でも出来るのに」
部屋をゴミ箱とすれば、拾う物など何も無いのに。
「燃やしてしまおうか..」
「ちょっとやめなよ!」
「いや離してっ!」 「……」
朝から窓を開け、身を乗り出している
その女をもう一人の女が抑え叫んでいる。発声の練習だろうか?
「やめなよ、ねぇ!」
「放っといてよ!死にたいの!」
「っと、失礼しまーす..」
騒ぎ立てる危機の具現化の前で黙々と作業をする。拾っては詰め拾っては詰め手元の袋の中に入れていく。
「ゴミ多いな..皆こんなもんか?」
「ホテルマンさん!何してんの!」
「何ですか?」「助けてよ!」
「余計な事しないで!死ぬの!」
「助ける?」
二人の女は尚も攻防を続け暴れている
「もう、離して..きゃあっ!」
「朱実!」
耐えきれず扉は完全に開き、女を外に
吐き出した。
「くっ..」 「やっ、いやっ...!」
朱実という女の身体は友人の腕一本と繋がり、かろうじで生を保っている。
「離さないから、絶対助けるから」
「いやっ、ひっ..怖っ...!」
「早く助けなさいよ!」
「...僕ですか?」
「他に誰がいるの!?
さっきから言ってるじゃん!」
どこ吹く風のホテルマンも、巻き込まれざるを得ないらしい。
「助けてほしいのか?」「..そうよ」
「……」
一瞬窓の外を見つめた後、部屋を出て数秒後また戻ってきた。手には白いモップが握られ、柄の先が下に向くように逆様にして女の元へ近付く。
「ちょっと、何すんの..?」
「助けるんだ。」
繋がっていない左のお留守の肩を、柄の先でグイグイと押し突く。
「何なのよっ!
あんたどういうつもりよ!?」
「いっ、痛い!痛いよ!」
聴覚を失ったかのように周囲の声は届かない。
「ふぅ...」「やめなさいってば!」
「痛い、痛いっ!」
押す力はより強くなる。
「良い加減にやめなさいって..!」
「あっ..。」
繋がれた腕はするりと解かれ、友達は落下する肉と化す。
「はぁっ..!あっ...あっ..!」
コンクリを赤く濡らし、人型は徐々に青冷める。現況である男は、ゴミを拾っていたときと変わらぬ顔でそれを眺めている。
「何やってんよ、自分で何したかわかってんの...?」
「言われた通り、助けただけだ。」
「…はぁ?」
奇をてらおうという様子は無い。
陶酔しない、素面の姿。
「死にたいって言ってたんだろ?
なら腕くらい離してやるべきだ。」
「....?..」
麻痺しているのだろうか、脳が働かない。『動く』という概念すらも忘れたのかもしれない。
「寝ようか」 「...え?」
「目覚める頃には終わってるさ。」
ベッドは生憎二つある、あるべき用途で使うには丁度いいタイミングだ。
「おやすみ。」「...おやすみ」
(〝目覚めたら終わっている〟)
「どういう意味だろ..?」
意味を眠気で覆い隠してベッドと向き合い目を瞑る。
「ちょっと...ちょっと?」
「ん...」
どれだけ経ったかはわからないけど、
目を覚ました。目の前には髭のおじさんと、ダサい格好の人が数人。
「やっと起きたね」「……あれ」
よく見ればホテルのオーナーだ、泊まるとき人手足らずで受付をしていた。
「あっちの人達は?」
窓際の男共は見覚えが無い。
ホテルマンは凄く覚えているが。
「警察の方だよ」「警察...⁉︎」
終わった事を今、思い出した。
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