第四十話 テストの点がいくら高くても、その人が「いい人」とは限らない。当たり前のことじゃないですか

「だって、わたしの価値なんて、GPAくらいしかない」

 堰を切ったように、与那の目から涙があふれた。

 蓮台寺は、才色兼備の与那からそんな言葉を聞くとは、意外だった。蓮台寺のように、ほかに目立つ方法が思い当たらない非モテ男子ならいざ知らず。

「テストも、生徒会活動もがんばった。高校までは、ずっと褒められてたんだ。すごいーって。先生にも、クラスメイトのみんなにも、お父さんにも。でも」

 四人が見守るなか、与那は泣きじゃくる。

 三期の定期試験のあと、しばらく大学に行かなかったという話だった。四期の成績が思わしくなく、父親にひどく怒られたというようなことがあったのかもしれない。

「大学にはGPAくらいしかない。生徒会活動なんて、ないもの。みんな、卒業か、就職活動のことしか考えてない」

 蓮台寺は必死に考えた。何か与那に語るべき言葉を。

「あのー、与那さん。ぼくも、GPAを高くしたいなーって思ってました」

 今度は、蓮台寺が話す番だ。

「『心理学原論』で教科書を持ち込んじゃったのも、結局、それです。テストの点を高くするには教科書を持ち込むのが一番で、それが人文学部では許されてる、そう思い込んじゃってました」

 蓮台寺には、最初から授業を聞く気なんてなかった。高校までのように、ひたすらテストの点数だけを高くするだけのゲーム。「学び」とはそういうことだと、そう思っていた。

「だから、授業もほとんど聞いていません。出席はしていましたが。加藤先生の『心理学原論』で持ち込みはできないことも、頭に全然入ってませんでした」

 蓮台寺は今更だが、顔が熱くなってくるのを感じた。いったいこの告白は、与那や円香、茉莉、怜子にどう受け止められるのだろうか。

「だって、教科書以上のことを授業で先生がしゃべるわけないじゃないですか。教科書をきちんと勉強しておけば、それでいい話でしょう? でも」

 蓮台寺は、円香が授業を聞くよりも自分で勉強するほうが効率的、と言っていたことを思い出した。確かに、それはそうだ。授業で教科書が棒読みされるだけなら。

「与那さんに『委員会』に誘われて、教科書からじゃなく、授業で先生のしゃべったことからノートをつくるっていうのを初めてやって、気づいたんです。高校までとは違って、教科書と先生の話す内容がけっこう違うってことに。それでも、先生が間違ってるってことじゃないって」

「じゃあ、教科書が間違ってるってこと?」

 落ち着いたのか、与那が涙を手で拭きながら言った。

「そういうこともあるかもしれませんね。でも、たぶん、そういうことじゃないんです」

 さっきまで心配そうに与那を見ていた円香たちが、今度は蓮台寺を見ていた。かまわず、蓮台寺は話し続けた。

「大学の授業っていうのは、教科書を使うこともあるけど、教科書にないことも扱うんですよ。で、そうすると、テストでは、教科書と先生の話した内容との関係がわかってないと答えられないはずですよね」

「そりゃ、勉強した成果についての評価がテストの点だからね。その場しのぎのトンチに点数はないはずよ」

 円香が同意した。

「でも、『持ち込み可』のテストで、教科書やノートのコピーアンドペーストじゃ点数が出なくって、『思考』したことに点数が出るっていうとき、自分の言葉で表現するのは難しいですよね」

「だな。みんながみんな、日本語表現に熟達しているわけねーもんな」

 茉莉が言った。

「ってことは、いくら『思考』して、いくら自分の言葉を尽くしても、得点するのは難しいんですよ。『持ち込み不可』にして、記憶している知識のコピーアンドペーストがうまくできるかを試すほうがよほど明確に採点できます」

「それじゃあ、『思考し』なくてもいいってこと? きちんと『思考』できる人が、『思考』せずにコピペする人よりも点数が低いってのは不公平なんじゃない」

 怜子が指摘した。

「ぼくもずっとそう思ってました。だから、『記憶力』を試すような試験は間違っている、と。でも、違うんです。きちんと『思考』する人は、テストで評価されるわけじゃないんです」

 蓮台寺は、今や、はっきりと感じていた。テストで「記憶力」を試すことになるのは、ほかにやりようがないからだ。テストで「思考力」を試すことなどできない。いや、「思考力」とは、テストなどで測ることはできない。日々、「思考力」は試されている。自ら「思考」せず、漫然と周囲に流されているだけであれば、たとえテストの点数は良くても、簡単に誤った道に入ってしまう。

 口に出せば、それは当たり前すぎることだった。

「『思考』する人は、テストではなく、周りの人たちから評価されるんじゃないでしょうか」

 蓮台寺は赤面した。きれいごとすぎたかもしれない。しかし、みな蓮台寺の話を聞いていた。誰も、蓮台寺を笑ってなどいない。

「テストの点がいくら高くても、その人が『いい人』とは限らない。当たり前のことじゃないですか」



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