夕暮れ

@seizansou

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 たぶん、僕はいじめられている、んだと思う。

 漫画とかで見るような、トイレに閉じ込められて水をかけられたり、机にゴミを詰め込まれたり、机に悪口を書かれたり。そういうことはないけど。

 たぶん、みんなに悪気はないんだと思う。ただ、僕が言われて嫌なことを、みんなは楽しそうに言う。この前は先生にも言われた。

 嫌なのに。

 みんなにいじめてるつもりはないんだと思う。でも僕はつらい。そんなふうな、みんなの心と自分の心が全然違うところにいる感じが、とてもつらい。

 僕には友達もいない。

 だから、漫画みたいに助けてくれるような人は出てこない。


 学校からの帰り道は、いつも誰もいない道を通る。

 楽しそうにしている人たちの脇を通り過ぎるとき、なんとなく悲しいから。

 誰も通らない道は、少し遠回り。

 だけれど、遠く遠くの山の方に見える夕日とか、風がさーっと移動していくのがわかる、目一杯に広がる田んぼとか、道路で固められていない所に咲いているよくわからない小さな青い花とか。

 そういうのは、なんとなく、ずっと見ていたいという気持ちになる。

 なんとなく、僕は帰り道はいつもその道を通る。


 田んぼは道の右手側、左手側は森になっていたから気づかなかった。

 道を左に曲がったら、へんなのがいた。

 すごく驚いた。

 足は裸足。下にはいているのは青いダボダボのズボン。上は裸。ひょろっとしている。頭が馬。頭が馬だった。

 その馬人間は、両手をだらーっとして、田んぼの向こうの、山の向こうの、夕日の方を見ていた。

 びっくりして、僕はいつの間にか立ち止まっていたみたいだった。

 馬人間がくるっと僕の方を向いた。

 振り向いた勢いで口のあたりがべこんべこんと震えてた。

「君、随分と顔が暗いね」

 馬人間が喋った。こわい声じゃなかった。変な人に急に声をかけられたんだけど、なんでかこわくなかった。

「ほら、こっち来なさいな」

 腕をだらーんとしたまま、馬人間は僕に声をかけてきた。

 僕が馬人間の方に少しずつ近づいていくと、馬人間は道の右手側、田んぼと道の間の土手に体育座りをした。

 ゆらゆらと左右にゆれてる。

 僕が馬人間のそばまで行くと、「君も座ったらどうだい」と自分の右側の地面をぽんぽんたたいた。

「汚れるし、虫もいるし」

 僕が首を振ると、地面をたたいた姿勢でちょっと固まっていたけど、また前を、夕日の方を向いてからだを左右にゆらゆらとゆらしはじめた。

「ゆーうーひーがー、てーらすー、ゆーれーるーいーなーほーのー」

 馬人間が急に歌い出した。

「なにその歌」

「今作った」

「おじさん夕日とか好きなの?」

「『お兄さんも』好きだね、この風景」

「ふーん」

 僕はどうなんだろう。この風景、好きなのかな。

 でも

「僕はときどきこわくなる。すごく遠くに見える山がすごく大きかったり、ずーっと田んぼが続いててすごく広くて、それがなんだかこわくなる」

「飲み込まれる感じかな?」

「わかんない」

「そうかい」

 馬人間はそのあとも聞いたことがない歌を、体育座りで左右にゆらゆらゆれながら歌っていた。

 夕方に鳴き出すセミの鳴き声とか、秋に鳴く虫の音とかが馬人間の歌に交じってずっと聞こえてる。

「むーしーのなーく、あーぜーみーちーをー」

 動画とかで聞く歌い手さんの歌とか、街で流れる歌とかとくらべると、馬人間の歌はそんなにうまくなかった。

 ただなんとなく、悲しそうな感じがした。

「お兄さんも何か嫌なことがあったの?」

 馬人間は歌をやめて、今度は前後にゆれた。

「そうだねえ。たくさん辛いことがあったよ。有り難いことだ」

 ありがたい? つらいことなのに嬉しいの?

「へんなの」

「そういうもんさ」

 馬人間は揺れるのをやめて、じっとして夕日の方に顔を向けていた。

 夕日は遠くの大きな山の向こうに少しずつ落ちていって、少しずつまわりの赤色が暗くなってきた。

「そろそろ暗くなる。お互い帰るとしようか」

 馬人間が立ち上がって、お尻についた草とか土をぽんぽんと手で払ってる。

 立ち上がると、僕よりもずっと背が高かった。

 僕は馬人間の顔を見上げた。

「お兄さん、明日もいるの?」

 馬人間は僕の方に、顔を下に向けた。でも馬だから、目は左右を見ていて、正面の僕の方は見ていなかった。

「いないだろうね」

「いつならいる?」

「いつでもいないさ」

 馬人間は顔を上げて、暗くなりはじめて少し星が見える空を見上げた。

「友達とでも、この風景を眺めたらいい」

「友達いない」

「この風景を友達にしたらいい」

「それじゃ変な奴だよ」

「変な奴かもしれないが、一人かもしれないが、孤独ではなくなるだろうさ」

 馬人間はまた、僕に顔を向けた。

「辛いことがあっても、ここに来れば、友達と一緒にいられる、そういうことになるだろ」

 馬人間は「じゃ」と言って右手を挙げて、僕の家とは別の方向にぺたぺたと歩き出した。


 自分でも何に向けてそう思ったのかよくわからなかったけれど、僕はなんとなく、心の中で「ばいばい」と言って家に向かった。

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