第八話 毒殺リフレイン

第八話 (1)必要としないで。

 きっと、たくさんのしがらみがあったのだろう。

 咲月兄弟について僕が思うのは、そんなありふれたことだ。


 本当に仲の良い兄弟だったはずだ。

 だが、そのままでは周囲がいさせてくれなかった。

 世間離れした家庭で育まれた兄弟の関係は、歪まざるを得なかったのだ。

 優等生な兄。天才肌の弟。

 似たものが二つあれば、優劣をつけてしまうのが人の性だから。

 そして、未だに年功序列が強く根付いている日本だから。

 劣っているように見えるものは切り捨ててしまう、不景気な世の中だから。

 あらゆるものに束縛されて、おかしくなってしまった。

 そこから生まれた関係に名前を付けると、『共依存』となるのだ。

 ただの依存じゃない。共依存。

 



「自由って、なんですかね」


 末だにうずくまったままの維蔓さんに、勝手に僕は僕の見解を話す。


「自由がすなわち束縛からの解放を意味するのなら、維蔓さんはなにに束縛されているんですか」


 僕は立ったままだから、これが本当の上から目線。なんてね。


「……、束縛? していた自覚はあるが、された記憶はないな」


 自覚していたんだ。さすがである。


「蓮水には、もう僕は必要ないっていうのか」

「逆じゃないですかね、たぶん」


 だって、蓮水さんは『自由になりたい』ではなく、『自由になってよ』と言ったから。

 それを僕にも言ったから。


 必要としないで、ってことだろう?


 問題は、なぜそんなことを言うのか、である。


「そんなはずはない」


 駄々をこねる子供みたいに耳を塞ぐ維蔓を見ていると、苛立ちが募ってきて、


「ああ、そうですか。だったら、一生妄想の中のはすみたんと遊んでいてください!」


 と吐き捨てて、僕は会議室を出た。

 維蔓さんは放っておいた方が薬になるだろう。

 問題は蓮水さんだ。

 あの人は放っておいたらだめだ。絶対に悪い方向に転がっていく。

 ああ見えて、すごく不器用な人だから。


 ビルの外に出て、警備員さんに蓮水さんの行方を尋ねると、数分前に駅の方向へ歩いていったと言われた。

 ずいぶんと早足だったとも。

 どうせ行き先はわかっているんだ。急ぐ必要はあっても焦る必要はない。

 僕も蓮水さんの後を追って駅へと向かった。




 なぜ、蓮水さんは僕に優しくしてくれるのだろう。

 ずっとそうだった。登校中のバスの中で出会ったときから。

 僕は、その蓮水さんの優しさに縋って生きてきた。

 自分自身の未熟さによって引き起こされた、身勝手な自殺願望から引きずり出してくれたのは蓮水さんだ。

 名探偵を殺す。

 具体的な目標を持つことによって、僕は生き続けることができた。

 全部、蓮水さんのおかげ。

 こんな僕に、なぜ蓮水さんは付き合ってくれたのだろう。

『私は実詞くんに助けられました。なので、今度は私が実詞くんを助けたい』

 どういうことだろう。心当たりがあるとすれば、三年半前、満員のバスの中で席を譲ったことぐらいだ。

 そんなことで? そんなまさか。

 答えは直接聞かなくてはならない。

 そして、自由になった蓮水さんはなにをするつもりなのか。

 僕はこの目で確かめなくてはならないのだ。

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