07 消えた生徒 1
「お姉ちゃんのクラスの人で、全然手がかりとかないんだって」
肩より少し長めの軽いウェーブが入った髪に、鮮やかな色のピンがいくつもついている。先生に目を付けられない程度に着崩した制服の襟元から、甘い香水の匂いがした。
特徴的な顔立ちをしているわけではない。それなのに派手な印象があるのは、さり気なく色を抜いた髪やメイクと話し方のせいだろう。
どうしても遊んでる、といという印象がまとわりつく。
表と裏で顔を使い分けるのは誰でもあることだけど、罪悪感も無く「仕方がないよね」と言って笑いながら裏切りそうな、できればあまりお近づきになりたくないタイプだ。俺の……勝手な印象だから絶対口にはしないけど。
よく知りもしないクラスの女子の、見かけの印象だけで毛嫌いしている自分が不思議でならない。それこそ前世の因縁でもあるのだろうか。
などと考えているとは知らず咲妃は話を続ける。
一通りを聞いた昌己は首を傾げながら、優貴や俺に視線を向けた。
「失踪関連のニュースは今朝もテレビやネットでも見たけどさ……この学校の生徒の話じゃなかったから……今知ってることは無いな」
昌己以上に情報通ではない俺たちにも、当然分からない。
咲妃は、「そっか、そうよね、ごめん」と素直に呟いた。なんだろう、やっぱり俺の第一印象なんてアテにならない。
「お姉ちゃんのクラスで噂になってて。普段からちゃんとしてる、人に心配かけるような……家出するような人じゃないから、絶対事件に巻き込まれたんだ! って話になってて」
「その二年生の先輩、一昨日の旧校舎で消えたって?」
「うん。一昨日の授業前……お昼過ぎって言ってた。生物の授業の資料を取りにクラスの人と旧校舎に行って、途中で消えちゃったって」
「なんだそりゃ」
「目の前で忽然と消えてしまったの?」
聞き返したのは優貴。
「目の前で……というか、一緒に行ってたクラスの人の話では、資料探しててちょっと目を離した隙に居なくなったって」
三歳児の迷子か。と、ツッコミそうになったところを抑えて俺が聞く。
「こっそり抜け出してサボってんじゃねぇの?」
「だから! フーリ先輩はそんな人じゃないんだってば!」
フーリ先輩、の言葉に力を入れて咲妃は言い返した。
直接面識もあったのだろうか。それとも姉からよく話を聞いていた特別な人だった……とか。ちょっと意識していたというような。
それなら姉のクラスの人というのでも、ここまで心配するのは分かる。
とはいえ……。
「普段、真面目と言われる人ほど、突然ふらりといなくなったりするものじゃないの? 誰も何も言わなかっただけで溜め込んでるとかさ。意味なく一人になりたくなるとか、あるじゃん」
「だととしても、何も考えずに周りに心配かけるような人じゃないって言ったでしょ!
田中は君付けで、俺は呼び捨てか。
まぁ、いいけど。
「まぁ、まぁ、まぁ、そっかそっかぁ。心配だよなぁ。えーっとそのフーリ先輩? フルネームは? どんな背格好なの?」
明るい声で俺と咲妃の間に割って入ったのは昌己。険悪な雰囲気が中和される。
咲妃も声が大きかったと思ったのか、軽く口を押えてから声のトーンを落とした。
「
「へぇー、それじゃあ心配だね」
昌己が頷く。外見の特徴に関係ない情報を貰ってもしょうがないんだが。
興味を示してくれたことで少し気を取り直したのか、咲妃の感想まで教えてくれた。ここまでくれば個人的に気になる相手なのだと暴露しているようなものだけど、本人も隠すつもりはないのだろう。
それにしても。
「八七橋なんて珍しい名前」
「空閑って苗字も珍しいと思うわよ」
そうですね。確かに振り仮名なしの一発で読まれることは珍しいです。
どうにも棘のある声に、とりあえず愛想笑いで答えておく。
「読み方を覚えていてくれて、アリガトウゴザイマス」
「一回聞けば覚えるわよそんなの。興味があるとか勘違いはやめてよね」
してない、してない。てか……少し離れた席からこちらを見ていた希里奈も、呆れるような顔はやめてくれ。
ホームルーム開始の鐘が過ぎた教室に担任の教師が到着したのを見て、咲妃は「何か情報が入ったら教えてね」と言葉短く言い残し席に着いた。どこかの席で、スマホの音が鳴る。ばらばらと移動する生徒に教師はいつもの声をかけた。
「鐘が鳴り終わる前に着席しとけよ。それとスマホはミュートで鞄にしまう、だからな」
確か今朝、目覚ましのアラームを止めた後の記憶がない。
ミュートにしようとしてポケットに手を入れ、はたと気づく。
「やべ、忘れて来た」
「何を?」
「スマホ、家に忘れてきたっぽい」
思わず呟いた俺の声に、後ろの席の優貴が苦笑する。
「またかよ」
「今朝はバタバタしてたんだよ」
今朝の夢やひっくり返した鉛筆削り器に気を取られた。
そこで忘れても電車に乗るまでの間に音楽を聞くから気づくのだけど、祖父ちゃんから特別な腕時計をプレゼントされるというサプライズにすっかり忘れていた。
まぁ、仕方がない。
「急ぎの連絡があれば、声かけてよね」
「さんきゅ」
優貴の気遣いに答えながら着席する。
今日は学校帰りにどこかによる予定も無いし、急いでチェックしなければならないメールもサイトも無いから、家に帰るぐらいまではどうにかなる。
希里奈や姉貴にバレたら煩いだろうけれど。
いつもの通りの淡々としたホームルーム。のはずが、今日はいつになくざわついている。配られた学校祭や夏休み予定のプリントに目を通していると、咲妃とは違う女子が失踪した生徒の質問をした。
教師が、「二年の八七橋か」と答える。
希里奈からその先輩の名前を聞いたことは無かったが、意外と女子の間では有名人なのかも知れない。
「まだ戻ったと連絡はないが……」
他学年の生徒の話だが世間でもニュースになっているせいか、「気にするな」と無下にも言えないようだ。
「一応、警察にも届け出は出しているから。お前たちもいなくなる時は行先と帰宅時間を言って、連絡できるようにしておけよ」
そもそも本人が家出しているだけという可能性だって、まだ残っている。
これ以上落ち着かない空気を引きずりたくないと思ったのか、軽い声で冗談を言う教師に「先生、それ失踪じゃないし」と応える声で教室は和んだ。
実際に委員会や部活が一緒だとでもいうのでなければ、情報も何も仕入れようがない。街で偶然見かけたとしても顔も知らない相手ではどうしようもないのだから。
そう思う俺の心臓に、わずかにうずくような痛みが走った。
「……何だろう」
今朝、顔を洗っていた時にも感じた違和感。
そんな持病は無いはずなのに疲れているのだろうか。
子供の頃は毎年のように梅雨の季節になると体調を崩していたとはいえ、ここ数年はそういうことも無く過ごしてきた。気圧のせいか。単に暗い天気と話題に影響を受けたか。そこまで繊細だとは思えないんだが。
やっと夏らしい暑さになって、期末考査が終われば高校生活初めての夏休みだとテンションも上がって来たというのに。
「綾十」
不意に、後ろの席に座っていた優貴が背中から小声で呼びかけて来た。
周囲に聴き取られないようにしているのか、背中の近くから押さえた声で囁いてくる。
「そういえば綾十も小さい頃、神隠しに……あったよね?」
思いもよらない言葉に動きが止まった。
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