24 会うとは思ってなかったんだが

 七月一週目の土曜日、家で暇を持て余していた俺は夕夏梨に頼まれ近くのスーパーへと来ていた。

 夏の強い日差しにやられた体を冷やす店内の空気にふっと一息吐くと同時に入口近くにある買い物かごを一つ取る。

 それからおもむろにポケットからスマートフォンを取り出し買い物リストをチェックした。


「今日は重労働だな」


 餃子の皮、ひき肉、ねぎ、ニラ。

 この四つの食材を見れば分かる通り作るのは餃子。

 土曜日だからか夕夏梨は少し手間のかかる料理を作るつもりのようだ。

 いつもならこれくらいで終わりなのだが今回は食材に加えて複数の調味料が俺を待っている。

 塩、砂糖、醤油という王道の調味料から焼き肉のタレ、クレイジーソルトのようなあると便利な調味料までのありとあらゆる調味料が丁度在庫切れだったらしい。

 それに加えて洗濯用洗剤も切れているらしく、それはもう一回の買い物では持ちきれない重量になっていた。


「とりあえず先に調味料から行くか」


 どうせもう一度来るなら先に重いものを運んだ方が良い。

 というのも外の暑さからしてもう一度ここに来る頃だと俺はきっと半分生ける屍になっている。

 これは俺の過去の経験にもとずいた判断なので絶対にそうなるという自信がある。

 まぁそんなことに自信がつく前に少しでも運動して鍛えておけという話なのだが。


 一先ず買い物の方針が決まったところでまずは調味料が並んでいるコーナーを目指す。

 それから少しして調味料が並ぶコーナーへとたどり着いた俺は様々な種類、メーカーの醤油が並ぶ棚を見ていた。


「確か濃口の方だよな」


 俺が醤油を手に取ろうとしたタイミングで丁度反対方向からも手が伸びる。

 俺の手と反対方向から伸びてきた手がそのまま重なるのは必然だった。


「あ、すみません。どうぞ」


 俺は慌てて醤油のボトルから手を放し醤油を譲る。

 いくら醤油しか視界に入ってなかったとはいえ流石にこれは恥ずかしい。


「どうも、ありがとう……」


 対する反対方向から手を伸ばした人も今のは恥ずかしかったのか言葉から恥じらいが感じられた。

 それからふと相手の顔を見ると、そこにはよく見慣れた顔があった。


「椎名……」

「早坂君……」


 そう、よく見慣れた顔があった。


「どうしてここにいる?」

「買い物以外にここに来る目的があるのかしら?」

「すまない、とりあえず疑わないと気が済まなくてな。家から近いのか?」

「そうよ」


 まぁわざわざ遠くから買いに来たりはしない。

 とんだ偶然があったものだが別に、だからと言ってそこから一緒に買い物をしなければいけないという義務はない。


「じゃあここで。そっちはそっちで好きに買い物を楽しんでくれ」


 俺は醤油を買い物かごに入れ、その場を速やかに立ち去ろうとする。

 だが結論から言うとそれは出来なかった。


「ちょっと待って、せっかく会ったんだから一緒に回るわよ」


 何故か? 単純に椎名えりが俺の買い物かごを手で掴んでいたからだ。

 俺はため息を吐きつつ彼女の方へと体を向ける。


「俺はこう見えても忙しい」

「そんなに怖い顔しないでも良いじゃない。ここで会ったが百年目よ」

「それ多分使い方間違ってるからな」


 そういえば今日は何だかいつもより椎名えりの表情が柔らかい気がする。

 休みだからか? それともワンピースという服装がそう見せているのか?

 どちらにしても美少女であることには変わりないがやはり表情が柔らかい方が良い。

 それに加えてもう少し愛想が良くなればきっと今以上にモテることだろう。

 まぁそれが彼女の望んでいることかどうかは定かではないが。


 とにかくこうして膠着こうちゃく状態が続いても埒が明かない。

 良いじゃないか。彼女と買い物をしたって。

 別に一緒に買い物をして何か弊害がある訳でもないのだ。


「一緒だと駄目なのかしら?」


 これは決して彼女の上目遣いとか、髪を耳にかける仕草とか、絶妙な角度でコクりと首を傾げる彼女にグッと来たとかそういうことではない。


「分かった」


 だから俺が彼女の提案を受け入れること自体何もおかしいことはなかった。

 寧ろ自然、部活の仲間同士で買い物することなどよくあるじゃないか。

 つまりはそういうことだ。

 そういうことにしておこう……。


「じゃあお供させて貰うわ。よろしくね、早坂君」

「ああ」


 こうして俺と椎名えりは一緒に買い物をすることになった。


◆◆◆


「……合計千六百五十八円になります」


 会計を終え、買った品物を持参したエコバッグに詰める作業をしている中、椎名えりは俺に一つの質問を投げる。


「そういえば調味料だけなのね」

「いやこれはただ単に持ちきれないからだ。一回家に帰って荷物を置いてから残りの物を買う」

「そう、大変なのね」


 その後彼女は一度俺のエコバッグに視線を移すとさらに言葉を続けた。


「じゃあ残りの分は私があなたの家まで持つわ。私が買ったのはこれだけなの」


 椎名えりが差し出すビニール袋の中には醤油一リットルのものが一本のみ入っていた。

 確かにこれなら持てることは持てるだろうがあと残ってる品物は洗濯用洗剤と餃子で使う食材だ。

 餃子の食材はそれほど重量がないだろうが洗濯用洗剤は少し重量がある。

 醤油一リットルと合わせるとそれなりに重いはずだ。

 流石に自分の家のことで他人、ましてや女の子にそこまでさせることなんて出来ない。


「気持ちだけ受け取っておく。いくら買ったものがそれだけでも俺が残り必要なものを合わせたらそれなりに重いからな。あんたにそこまでさせる訳にはいかない」


 俺の言葉に彼女はそれならと一つの提案をしてくる。


「分かったわ。ならこうしましょう。私とあなたで片側ずつ持つの。それならいいでしょう?」


 椎名えりの提案に俺の思考が一瞬固まる。

 だってそれってつまり例えビニール袋を間に挟んでいたとしても手を繋いで歩いているようなものじゃないか。

 普通に恥ずかしいし、もし学校の奴らに見られたら間違いなく吊し上げられる、俺が。


「いや、大丈夫だ。本当に」

「でも外は暑いわよ?」

「ぐっ……」

「きっと往復したら熱中症で倒れるかも知れないわね」

「ぐっ……」


 だがそうだな、もしかしたらもしかするかもしれない。万が一のことがあってからでは遅いのだ。

 そう、熱中症は危ない。


「分かった。よろしく頼む」

「素直な人は私好きよ」


 彼女は一瞬だけ笑ったような気がしたがそれは俺がただ単に暑さにやられて見ていた幻覚なのだろう。

 そう思うことにした。

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