16 ワークショップが過激すぎるんだが
早まる鼓動、まだ五月だというのに頬から地面に滴り落ちる汗、それから照明の蛍光灯の光が自分にだけ降り注いでいるような錯覚さえ感じる。
なんだ? どうしてこうなった?
「全ては早坂君にかかっているよ。さぁ力を抜いてリラックスするんだ」
クラスメイト全員に囲まれる中、早見優人にそう励まされるが実際のところはリラックスなんて無理だ。
何と言ったってこの状況、荷が重すぎる。
「負けたら分かってるよな!」
「勝つ以外あり得ないよね!」
やたらとプレッシャーを与えてくるクラスメイトに内心怯えながらクラスメイト達の輪の外へと出る。
向かい側──二年C組の集団でも俺と同じ境遇らしき者が怯えた様子で前へと出てきていた。
あちら側もきっと色々とプレッシャーを与えられてきたのだろう。
しかし、だからといって手加減するわけにはいかない。
俺だってプレッシャーをかけられているのだ。
負けたら何を言われるか分からない。
「それでは始めます!」
この戦いの審判らしき女子生徒の声で周りは一気に静かになる。
それから数秒もなかっただろう。
周りの様子を確認した女子生徒は一つ深呼吸をした後、声を出した際に高く上げた腕を思い切り振り下ろし宣言した。
「クラス対抗じゃんけん大会決勝戦! 始め!」
こうして戦いの火蓋が切られた。
何故こうなってしまったのかは少し前まで遡る……。
◆◆◆
クラス対抗で行われるワークショップ。
そもそもワークショップだというのに競うことからしておかしいが気にしてはいけない。
最も気にするべきことは身の安全。
これまたなんで? と思うかもしれないがこの学校のワークショップでは怪我人が当たり前に出る。
そう、出てしまうのだ。
例えば今行われているワークショップ──じゃんけん列車では既に捻挫や打撲など軽症の怪我を負う者が二十四人も出ている。
確かに場が混沌としているため転倒したり、足を捻ったりなどあるかもしれないが二十四人は多すぎる。
全体の数が二百四十人くらいなので全体の一割が既に負傷していることになるのだ。
いくら子供向けのワークショップとはいえど、ごく一般の高校生がやればそれ相応に危険だということである。
つまり何が言いたいのかというと、これって本当にワークショップだよな? ってことだ。
「じゃんけん列車、終了です! ポイントを集計するのでその場を動かないでください!」
そんなことを敵の列車の一部に組み込まれた状態で考えていたからかいつの間にかじゃんけん列車は終わりの時間を迎えていた。
それからはポイント集計のため数人の教師がホールの端の方から現れる。
というのもこのワークショップでは最終的に列の先頭に立っている者のクラスにその者が配下にした人の数だけポイントが入るようなっている。
なので列を長くすればするほど多くのポイントがクラスポイントに加算される。
実に単純で分かりやすい。
「集計が終わりましたので現在のクラスポイントの順位を発表します!」
集計は開始してから十分程で終了し、今現在のクラスポイント発表へと移る。
先程まではC組、E組に続いてB組は全六組の中で三位だったが……。
「現在の順位は……三位E組、二位B組、そして一位がC組です!」
俺達のクラスは二位、一位であるC組との差は二十ポイントと中々に接戦である。
次が最後のワークショップ、そしてポイント的に既に優勝は我がB組と一位であるC組以外はあり得ない。
次で優勝が決まる。
「それでは続いてのワークショップに移ります! 続いてはじゃんけん大会!」
最後はシンプルということだろう。
それにしてもじゃんけん大会とは……もはやワークショップではなくレクリエーションである。
「それでは早速第一回戦をこれからランダムで……」
こうしてじゃんけん大会が始まり俺はすぐに負けると思っていた。
きっと他の者が勝ち進んで行くだろうと。
しかし、事あるごとに勝ってしまい気づけば決勝戦という有り様。
しかも相手は現在一位であるC組。
この戦いに勝ったクラスが優勝という大事な一戦だ。
ここまで来たら負けられない。
いや、負けが許されない。
一先ず深呼吸をして心を落ち着かせる。
深呼吸で一通り心が落ち着いたところでちょうど審判がじゃんけんの掛け声を始めた。
「さいしょはグー! じゃんけんポン!」
審判の声に合わせて繰り出す渾身のパー。
結果を確認したいがもし負けていたらと思うとどうも確認することが出来ない。
しかし、わき上がる歓声であいこでないことは確か。
一体どっちが勝ったんだ?
徐々に結果を見たい気持ちが強くなり、恐る恐る対戦相手の方へと視線をやる。
「これは……」
対戦相手の手からはチョキが繰り出されていた。
パーとチョキ、どちらが勝ったのかはもはや明確である。
歓声もどうやら向こう側のものだったみたいだ。
「……」
どうしよう……どんな顔をして戻ればいいんだ。
俺に散々応援という名の脅しをするほど必死だったクラスメイト達にとってこの結果は最悪そのものだろう。
だって後一歩で一位だぞ?
きっとこのまま戻ったら面貸せや、コラ! みたいな感じになることは間違いない。
しかし、だからといってずっとここに立ち尽くしているわけにもいかない。
結局はなるようにしかならないのか。
「あの、これは……」
覚悟を決めて謝罪の言葉を口にしようと後ろへ振り向く。
「やっぱり無理かー」
「私も最初から無理だと思ったんだよねー。てかもう行こうよ。終わりでしょ?」
「それな」
だが覚悟も謝罪も必要なかった。
なんというか俺は始めから期待されていなかったようだ。
じゃんけん大会決勝戦を行ったホールの中央からそれぞれの方向に去っていくクラスメイト達。
その中で安藤ひゆり、早見優人、椎名えりの三人だけが俺を気にかけていた。
「あの……気にしなくても大丈夫だよ」
「きっとみんなも早坂君の気持ちを気にしてわざとそういう態度を取ったんじゃないかな?」
「あなたには失望したわ」
訂正、気にかけてくれていたのは三人ではなく二人だった。
一人はただ単に文句を言いたかっただけのようだ。
というか椎名えり、お前は一回戦目で負けてただろ。
「というわけだからそんなに気にしなくても大丈夫だ、早坂君」
「そうだよ、早見君の言う通りだよ!」
「あなたには失望したわ」
まぁそうだな。
とりあえず後日校舎裏とかに呼び出されることもなさそうなので良かったと言えば良かった。
残り一人のことはこの際気にしないでおこう、そうしよう。
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