15 駐車場で待たされたんだが
周りを大自然に囲まれた大きな駐車場。
そこには六台のバスがずらりと並んでいる。
「先生達はちょっと受入先に挨拶してくるからとりあえずここで待機な」
その六台のうちの一台から降りた俺達は他のクラスと共にその場で待機していた。
「やっと解放されたか……」
ふらふらする体を無理矢理動かし駐車場に設置されている車止めブロックに腰かける。
長時間の車酔いならぬ、早見優人とその仲間達酔いである。
途中から睡眠をとって少しは回復したがまだまだ疲れが体に残っているようだ。
「お疲れのようね」
ブロックに座ってうなだれる俺にそう声をかけるのは制服姿の椎名えり。
彼女も俺と同じように疲れた顔をしていた。
「あんたもお疲れ様だな」
きっと似たようなことがあったのだろうと俺も彼女と同じように労いの言葉をかける。
「あなたほどではないわよ」
「見てたのか?」
「あなたの二つ後ろのシートよ」
「そりゃ見えるか。それで向こうに挨拶は済ませたのか?」
「ええ、一通り。そっちには影響がないと思ってあなたの事情も話しておいたわ」
「了解した。こっちは当然だがあんたの事情は話していないぞ」
「そうでしょうね。ちなみにどんな作戦で行くのかしら?」
「それは今からこっちを邪魔する相手に話さなきゃいけない内容なのか?」
「それもそうね。今の話は忘れてくれないかしら」
椎名えりはそれだけ言うと俺が座る車止めブロックの一つ隣のブロックに座り、バスのある方向へと視線を向ける。
それから訪れるお互い無言の時間。
時折吹く風が彼女の髪をなびかせ、俺に良い匂いを運んでくる。
なんというか、実に静かな時間だ。
まるでこの世界には俺と椎名えりしかいないのではないかと錯覚するほど周りの音が聞こえない。
多分それは俺の心が落ち着いているから。
中学生から人とあまり深く関わらず生きてきた俺が心を落ち着かせられるのは家にいるときくらいしかないのだが実際に今、この駐車場で心が落ち着いている。
何故か分からないが彼女が近くにいると、とても懐かしい空気を感じるのだ。
今までずっとこうして過ごしてきたかのような、安定感と言うのだろうか? そういうものを感じる。
もしかしたら男子から人気があるのもそういう空気を彼女が持っているからなのかもしれない。
まぁ少し変わったやつではあるが……。
「お前ら待たせたな! クラス毎に固まって移動するからここに集まってくれ!」
まだ続くと思っていた静かな時間は唐突に終わりを告げ、遠くから教師の掛け声が響いてくる。
その声に俺は立ち上がり、椎名えりが座る方向へと視線を向ける。
「そろそろ移動するか」
「そうね……起こしてくれないかしら?」
自分で立ち上がれるだろ、と思ったが考えるより先に体が動いており気づいた時には椎名えりの手を掴んでいた。
一度手を掴んでから離すのもおかしいと思い、そのまま掴んだ手を引っ張り彼女を起こす。
「ふぅ……ありがとう」
「どういたしまして」
「意外と力があるのね」
「まぁ一応男だからな」
「そうだったわね」
今まで逆に何だと思ってたんだ? という疑問が口から出かけるが時間が無いため喉の奥にぐっと押しやる。
「俺は先に行くからな」
その後はクラスメイトが集まる方へと一人で向かった。
◆◆◆
駐車場からクラスで一斉に移動してたどり着いた巨大なホール。
そのすぐ隣には宿泊施設と思わしき長方形の建物も見える。
「それじゃあ今日から明後日の日程についてざっと流れを説明する。まずは……」
その巨大なホールの前で俺を含む生徒達を何列かに並べ日程を説明する教師達。
しかし例年通りの日程だからか教師達の話を聞く者はほとんどいない。
ちなみに今回の一通りの流れだが一日目、つまり今から行うのがクラス対抗でポイントを競うゲーム形式のワークショップ。
これはクラスの絆を深めるためという名目で行われているが実際は
それもこれも全てのクラスの中で一位になったクラスに賞金が与えられるため。
普通なら怪我人が出た時点で中止になるものだが何故か毎年開催されている。謎だ。
そして二日目が今回のメインであるオリエンテーリング。
その夜には夜の森に潜む生物を観察するナイトウォークがあり、最後の三日目が野外炊飯というなんともありがちな日程である。
「というわけだから怪我のないように! ……と言っても毎年怪我人は出るからな。せめて病院送りにだけはしないでくれ! 以上!」
それでいいのか、教師達よ。
誰もがそう思っているだろうが実際声に出す者は誰一人としていない。
それはもちろん賞金がかかっているため、当たり前だ。
しかし俺としては怪我をしてまで賞金が欲しいわけではない。
目立たないよう建物の隅の方にいるとしよう。
「さてと……」
他の生徒がホールの入り口へと一気になだれ込む中、ある人物を探す。
「ああ、あそこか」
探しているのはもちろん今回依頼をした人物である安藤ひゆり。
彼女は友達と会話を楽しんでいたようだが俺が見ていることに気づくと、そこから上手く抜け出してこちらへやって来た。
それから俺の近くまで来た彼女は俺に質問を投げる。
「何か用かな?」
「一応今回の依頼の作戦を伝えておこうと思ってな」
「へぇどんな作戦なの?」
安藤ひゆりは興味津々という顔で俺を見る。
実際に作戦は大したものではないので、そこまで興味津々にされるとやりづらい。
「一応吊り橋効果作戦っていう作戦だ」
「おお、なんかすごそうだね!」
とりあえずガッカリされなくて安心だがオーバーリアクションすぎじゃないか?
話している俺の方が恥ずかしくなる。
「そうか……それで具体的な作戦内容だが今回の宿泊学習にもナイトウォークがあるだろ?」
「あるね」
「そこで俺があれやこれやを使って色々驚かせたり驚かせなかったりってのを考えてる」
「驚かせるって肝試しみたいな感じ?」
「まぁ肝試しみたいな感じになるかもな」
「そうなんだ。実は私ってビックリする系が苦手なんだよね……」
せっかく考えた案だが当の安藤ひゆりはあまり乗り気ではなく、寧ろ消極的。
確かに心臓に悪いことが苦手なら俺の案は地獄だろう。
しかし、それは逆に……。
「チャンスだ!」
「チャンス?」
「そうだ、あんたが怖がっていれば近くにいる早見優人は黙っていない」
「そうかな?」
実際どうなるか分からないがフィクションだとよくある話だ。
きっと上手くいくはずだと思う……たぶん。
「それに上手く行けば早見優人に抱きつける」
「分かったよ! 私やるよ!」
俺が放った魔法の言葉に俄然やる気を見せる安藤ひゆり。
とても分かりやすくて助かる。
とにかくこれで彼女にはある程度納得してもらえた。
後はナイトウォークの時に彼女を早見優人のところに連れていくだけである。
実に完璧な作戦だ。
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