世界の始まり

馳怜

第1話

 やあ、君はこの村の人かい?そうか、それは良かった。ちょっとこの辺りをさ迷っていてね、水も切れてどうしようかと思っていたんだ。君の村には、宿屋はあるかい?………それを聴いて安心したよ。今日はこの村にお世話になろう。

 ……うん?ああ、そうだよ、僕は旅人だ。語り部として金を稼ぎつつ、色んなところを見て回ってるのさ。他の国や村のこと、聴きたいかい?……はは、やっぱりね。構わないよ。折角だし、この村で一稼ぎしようかな。その前に、宿屋に案内してくれ。ああ、そうそう。君、できれば観客を集めておいて貰えるかな?よろしく頼んだよ。





 やあやあ、皆さん。今日はこのしがない旅人のために集まってくれて、ありがとう。

 僕は世界中を旅しながら、語り部として稼いでいるんだ。もし僕がこれから語るお話が面白かったら、この帽子にどんどんお金を入れておくれ。旅で野宿に慣れているとは言え、暖かいふかふかなベッドがあるのにそこで寝ないのは惜しいからね。

 ………ん?この村はあまり旅人が寄らないのかな……。なら他の地域の情報とかあまり入らないだろうね。僕が聴いた話だと、この世界も大分不穏になってきたね。南の暑い地域じゃ、変な疫病が流行ってるみたいだよ。旅をするなら西へ行くといい。西にまっすぐ行くと、巨人のごとく大きな壁に囲まれた、大きな帝国があるんだ。観光地としても有名だし、おすすめだよ。ああでも、その観光客を狙ったスリが横行してるから、行くときはしっかり防犯した方が良いかも。あと、これは噂だけど、どうやら近いうちに、西の帝国が東の王国と戦争を始めるらしいね。軍事国家とも呼ばれる西と、科学の進んだ東の王国。うーん、もし戦争が始まったら、長引いてしまうかもね。この村も気を付けた方が良い。

 さて、他の地域のお話はここまでにしよう。

 皆さんは、世界の始まりについて気にしたことはないかい?……そう、この世界。僕らが今生きている、この世界のこと。僕は昔から気になっている。どこから一番最初の人間が生まれたか、どうやってこの世界が生まれたか。そもそも、この世界は誰が作ったのか。

 ………気になるだろう?

 さて、これに関係する、とあるお話を仕入れてきたんだ。今日はそれを語ろうか。





 その昔、五人の神がいた。赤く煌々と燃える炎を司る、火の神。青々と繁る豊かな自然を司る、木の神。万物の生命の起源とされる、水の神。森羅万象の死を支配する、金の神。そして、この四人の神の纏め役であり、数多の生命を育む、土の神。

 原初の世界はこの五人の神によって統治されていた。

 ある時、この均衡の取れた世界を狙う悪魔が現れた。炎が燃え広がり、自然は煤になり、あらゆる生命が死んでしまった。五人の神は怒り、あの悪魔を倒そうと話し合う。

「あの悪魔め、奴に我らの世界を壊される前に殺してしまおう」

 土の神が言う。

「じゃあ、どうするんだ。五人であの悪魔に攻撃するってことか?」

 金の神が問い、それに火の神が頷く。

「ああ、そうした方が確実だろうな。俺の炎と金の神の力があれば、あの悪魔とて太刀打ちできんはずだ」

「ならばこの水の神めは、悪魔に対抗する手段や情報を集めて参ろうかの」

「わたくしは皆様をお守りしますわ」

 水の神も木の神も賛成するが、金の神は納得できないようだ。

「それは、僕たちが今守っているこの世界から、しばらく離れると言うことか?」

「そうなるな、金の神よ」

「それでいいのか、土の神。僕たちが離れている間に、別の悪魔がこの世界を攻撃したらどうするんだ」

「金の神、何言ってんだ。俺だけだと、悪魔に勝てるかわからんぞ」

「ええ、わたくしの守りも、長期に渡ればいずれ壊されてしまいます」

「この水の神の策も、金の神の力あってこそのものじゃぞ」

 しばし考えた後、土の神は金の神に言った。

「金の神よ、お前は死の世界を守っていたな」

「そうだ、それがどうした?」

「死者に未来は無かろう。そんなものより、未来あるこの世界の方が大事ではないのか?」

「ふざけるなッ!」

 土の神の言葉に、金の神は激怒した。

「土の神よ、お前の世界は広大で偉大だ。その広大で偉大な世界を守るお前にはわからないだろう。先無き死者たちに未来を与えるのが僕の世界だ。僕の全てであるこの世界ではなく、貴方の世界を優先しろと言うのか?」

「落ち着けよ、金の神。些細な世界も広い世界も、同時に守れってことだよ。そうだろ、土の神?」

「口を挟むな、火の神。僕の世界は些細じゃない。お前らの世界は大きいから、僕の世界など片手で事足りると?馬鹿を言え、僕にとっては両手で守りたいほど大事なものだ!」

 土の神を睨む金の神に、他の神たちはそわそわと見守るばかりだった。金の神の怒りを静かに受け止める土の神は、おもむろに口を開いた。

「では金の神、お前は戦いに参加せず、己の世界のみを守ると?」

「参加しないとは言ってないだろう!」

 怒りの収まらない金の神を、水の神が手で制した。

「金の神よ、そうカッカするでない。守るべきものがあるというのは、素晴らしいことじゃ。お前もわしらもそれは変わらん。土の神よ、金の神無しでも悪魔を倒す策、この水の神めが作ってみせよう」

 土の神は静かに頷いた。

 そうして、神々と悪魔の衝突が始まった。

 長きに渡る戦いの末に、神々が勝利を納めた。その間、金の神は一度も戦場に姿を見せなかったという。

 戦いにより、世界は大きな被害を受けた。戦いが終わってしばらくは、世界に一つの生命も生まれなかった。その世界が果てしない歳月を掛け、復活したのがこの世界だと言われている。





 ………世界の始まりのお話、どうだったかな。

 このお話のメインは、神々の会話シーンだと言われている。

 これを教えてくれた或る人は、金の神が悪者だと言う。でも、僕はそうは思わない。金の神が戦いに参加していたらこの世界はもっとよくなってたかもしれないし、もっと酷い世界だったかもしれない。金の神は本当に自分の世界だけを守ったのかもしれないし、実は戦う神々の意表を突こうとした別の悪魔が来ていて、そいつらから世界を守ろうと独りで戦っていたかもしれない。「力を合わせて一緒に戦う」ことが全てじゃないのさ。

 結局、どの神様も「悪者」と呼ばれるほどじゃあないし、誰も悪くない。強いて言えば、襲ってきた悪魔だろうね。

 さて、皆さんはこの話をどう解釈しただろう?

 誰を悪者にしただろう?

 金の神だけじゃない。この世界は、「悪」とされたモノたちが至るところにある。

 それをどうか、探してほしい。

 ………さて、僕のお話はここまでだ。さぁ、お代はこの帽子にどんどん入れてくれ。またいつか、この村に来てほしいならね。









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世界の始まり 馳怜 @018activate

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