京天門葵の商売②
「当店は初めてのご利用ですね? まずこちらがお飲み物やお食事のメニューになります。続いてこちらが、本日フロアにおります女の子たちのリストでございます」
俺と坂上先輩は一部ずつそれを受け取って内容を検める。
お酒のメニューはワインやウィスキーがブランドの銘柄ごとに細分化されていて、どれも聴き馴染みはないが、名前だけで既に高級そうだった。値段を確認すると
女の子たちのリストの方は、ちょっと洒落たファイルで作られていた。
今日出勤している女の子のプロフィールだけ、ということは、ここに載っている以外にも雇っているスタッフはいるということだ。ざっとめくっただけでも20人近くはいる。写真で見る限りはどの子も可愛いし、それに若い。と言うか若すぎる。こんなお店で、よくこれだけの女の子たちを集められたな、と俺は嫌悪感を隠すことなくそう思った。
「へぇ……、これはなかなかそそるなぁ。……ボーイさん、ここに書いてある女の子の年齢とかスリーサイズとかって本当?」
坂上先輩は挑むような視線でボーイに試すような質問をぶつける。
「はい、もちろんでございます。当店のモットーは真実こそ正義。お客様には決して嘘はつきません」
「随分と若い子が多いんだね。……14歳とか16歳なんて、中学生や高校生じゃん? そんな子たちをこんなお店で働かせても大丈夫なの?」
「大丈夫です。お客様が心配するようなことは何もございません。彼女たちは自ら望んでお客様にご奉仕がしたいと集まってきてくれた当店の優秀なスタッフでございます。お客様は何も気になさらず、至福のひと時をお過ごしくださいませ」
白々しい答えをペラペラと流暢に話すボーイは、その言葉に揺るぎない余裕と慢心を覗かせていた。とても嘘を言っているようには聞こえない。
でも今日ばかりは、このプロフィールに書かれている数字だけでも嘘であって欲しかった。
「この、女の子たちの名前の横についてる、ダイヤモンドとかサファイアっていうのは?」
圧倒されてばかりの俺に代わって、先輩は動じることなく質問を続ける。
するとボーイは、「あ、そうでした。大事な説明を忘れてしまうところでした」と妙にわざとらしい芝居を始めた。
「当店の女性スタッフには『ダイヤモンド』『サファイア』『エメラルド』『ルビー』の順でランク分けがされております。等級が高いほど指名料はお高くなっておりますが、その分極上のサービスを提供させていただきます。それに、……ランクの高い子の方が若くて可愛くて、エロいですよ?」
ボーイは声を潜めて、男性客が喜びそうなことをいやらしい笑顔で告げてくる。
確かにボーイの言う通り、リストで高いランクをつけられている女の子は、やけに年齢が低かったり、胸のサイズが大きかったり、顔が可愛かったり、まるで女性を人ではなく商品として扱っている。これもまたメニュー表なのだ。
「お客様は本日が初めてのご来店ということで、最初だけは特別に指名料をいただきません。『サファイア』の子でも『ダイヤ』の子でも、お好みのスタッフとお飲み物をご注文ください」
説明が終わると、ボーイは無言の笑顔で注文を催促してくる。
慌ててリストをめくる俺と違って、坂上先輩はどこまでも冷静な態度で落ち着いていた。
「あ、そうだ。飲み物は別にソフトドリンクでもいいよな? 俺たちまだ未成年だし」
「構いませんよ? ですが当店はソフトドリンクも味にこだわっておりますので、それなりのお値段になりますが?」
「いいよ全然。……じゃあ俺はピーチジュースな。で、女の子の指名は……、この子にするよ、メイカちゃん」
「おや? よろしいんですか? その子は『ルビー』ランクの子ですが?」
「いいんだよ。俺ってば、こうい無邪気で悪戯が好きそうな子がタイプだからさ! ……
素早く注文を決めてしまった先輩に急かされて、俺はファイルのページをパラパラめくり目的の人物を探す。
「あ、あった! 俺はこの人でお願いします。えっと、……カオリさん! 飲み物は、ウーロン茶で」
「承りました。少々お待ちください」
ボーイが下がるのを見届けて、俺はほっと息をつく。
俺の指名したカオリさんというのは、斎間先輩の源氏名だ。顔写真を頼りに先輩を探していたけれど、メイクが濃くてすぐには分からず、ちょっと焦った。
ちなみに先輩のランクは『サファイア』だった。大学二回生の19歳はこの店の中だとやや年上になるが、胸のサイズがFカップというのが高いポイントになっているらしい。
しばらくソワソワしながら待っていると、ドレス姿の女性が二人、俺たちのテーブルに歩み寄ってきた。
「ご指名ありがとうございます! メイカです! よろしくお願いしまッス!」
最初にお辞儀をしたのは、坂上先輩が指名したメイカさん。ちょっと小柄で顔立ちにまだあどけなさが残る、笑顔の明るい女の子だった。
プロフィールには18歳って書いてあったけど、実際に見てみるともっと若いんじゃないかと思えてくる。
こういう子がタイプだと言う坂上先輩はもしかしたらロリコンの変態なのかもしれない。
「初めまして、カオリです。ゆっくりくつろいでいってくださいね」
続いて斎間先輩、もといカオリさんが優しい微笑で自己紹介をする。
本当は初めましてではないんだけど、顔立ちをはっきりとさせる濃いめのメイクと、肩と胸元が大胆に露出したドレスの装いは新鮮で、なんだか色っぽい。
メイカさんは坂上先輩の隣に、カオリさんこと斎間先輩は俺の隣に座って身体を寄せてくる。
女性経験に乏しい俺にとってこの密着具合は流石に不味い! このドレスは目のやり場にも困るし! なのに、どうして坂上先輩は、そんな満更でもなさそうな顔でメイカさんとじっくり見つめあっていられるんですか⁉︎ やっぱりロリコンの変態なんですか⁉︎
「……来てくれてありがとう、大智君。私、ずっと待ってたんだよ?」
って先輩! いきなり耳元で優しく囁かないでください! ますます先輩の方を見れなくなるじゃないですか!
「……せ、先輩! ちょっと距離が近すぎませんか?」
「このお店ではこのくらい普通だよ?」
「で、でも、……お、おっぱい、当たってますし……」
「当たってるんじゃなくて当ててるの。むしろ押し付けてる」
「……Fカップあるって、本当ですか?」
左腕に感じる柔らかくて温かい初めての感触に脳が溶かされたのか、気付けば俺はとんでもないことを口走っていた。
「気になるなら、触って確かめてみる?」
「え? いいんですか⁉︎」
男の欲望には逆らえず、俺の視線は惜しげもなく晒された先輩の谷間へと吸い寄せられて行く。
アルファベットの等級なんて関係ない。見れば分かる。先輩の胸は大きい。立派なおっぱいだ。少しサイズの合ってないドレスから今にもこぼれ落ちそうになっている。
思春期の男子なら絶対に一度は夢に見る女性のおっぱいが、今まさに俺の目の前に……――。
「ただし、一万円ね?」
「え? おカネいるの?」
「当たり前でしょう? それが私の裏メニュー。みんなそれぞれ、自分にできるサービスに値段を付けて売ってるの」
「……」
甘い誘いに乗せられて忘れるところだったけど、絶句してからようやく冷静になる。
「君をこの店に誘った理由は分かるでしょう? 今夜は楽しいことをしましょう? 払ったお金に見合うだけのサービスはしてあげるから」
「……どうして、そこまでするんですか? そんなことをしてでも、夢を叶えたいんですか?」
たまらず糾弾するような、冷たい言葉が飛び出した。
先輩は身を引いて、諦観したような微笑みを浮かべる。
「軽蔑してくれて構わないって、言ったよね? 私はとっくに覚悟を決めてるの。夢を叶えるためなら、……貧しい暮らしから抜け出すためなら何でもするって。利用できるものは利用する。手段は選ばない。……だから私は、今ここにいるの」
それは、鴨川の河川敷で一度だけ見せてくれた、斎間夏帆の顔だった。
悔しさを噛み殺し、静かに闘志を燃やして、そんな自分を自ら嘲笑う、悲しそうだけれど、強い表情。
「……私は君を利用したいだけ。だから君も、私を利用して? 割り切って楽しもう? それがどうしても無理で、こんな私を哀れに思うなら……、――あなたが私を買って下さい。ご主人様……」
先輩はまた『カオリ』の顔に戻って、耳元でいやらしく囁き、男の俺を誘惑してくる。
正直、頭がどうにかなりそうだった。今にも理性の多寡が外れて目の前の女性に飛びかかり、その肢体を本能と欲望の赴くままに貪り尽くしたくなってしまう。
きっと何をしても許される。金さえ払えば何でも出来る。何でも叶う。
金さえあれば、全ての夢を現実にできる。
しかし、――。
俺は自分の下唇を噛み締めて、浮かれた理性を引き戻す。
俺の膝に置かれた先輩の手が内腿を這って股間に伸びていくのを咄嗟に止めて、頭に浮かんだ邪な妄想を必死に振り払った。
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