第5話

やってきたのは校舎裏。

ロゼッタは人目につきにくい木陰でしゃがみこんでいた。

ゲームの中では王子の婚約者候補筆頭として堂々と胸を張り凛々しい姿のロゼッタ。あんな泣きそうな顔をすること事態かなり珍しくゲームの中でも絶対に出てこない。断罪イベントの時でさえ堂々としていた彼女に一体何があったのかとても気になる。


(私が出ていってもロゼッタと顔を会わせたのは一度だけですし……直接聞いたところで話してくれるとも思えません。けれど彼女の憂いを放って置くなんてこと、ロゼッタ推しとして出来ません!こうなったら……)


私はロゼッタから少し離れた物陰に身を隠すとポケットから手のひらサイズの茶色い犬のぬいぐるみを取り出した。それを地面に置き手をかざして念じると、ぬいぐるみがぷるぷると動き出す。

この世界では貴族だけが魔法を使えるという設定がある。

ヒロインは平民でありながら魔法が使えるうえに、貴族でさえ滅多に使えない無機物に命を吹き込む魔法が使える。それゆえに親戚の男爵家に引き取られ貴族の学校に通うようになるのだ。


(こういう時にこそ有効活用すべき力です)


ヒロインの能力を自在に扱える事に感謝しながらぬいぐるみに話し掛ける。


「はじめまして、私は貴方のご主人です。貴方の名前は……ポポにしましょう」

「わふっ!」


名前をつけると犬のぬいぐるみ――ポポは嬉しそうに尻尾を振った。


「さぁ、ポポ。はじめてのお使いですよ。あそこにとぉっても可愛い金髪の女の子が居ます。彼女は今悲しい気持ちを抱えているようなので、貴方の力で癒して下さい。出来れば彼女が何に悲しんでるのか調べられればグッドです」


ポポはこくりと頷くと一目散にロゼッタの元に駆けて行く。

それを見届けると私は目を閉じて意識をポポに同調させた。ちなみにこれも自分の作り出した生命体と意識を同調し、見たり聞いたりする事が出来るというヒロイン特有の魔法である。


ポポの目を通してロゼッタが見えた。

彼女は膝に顔を埋めて何か呟いていた。耳を澄ませてみると小声で「こんな事で泣いてはいけない」とか「私は公爵家の娘なのだから」とか「強くあらねば」とか聞こえてくる。


私が憧れてやまないロゼッタ。彼女だって最初から強かった訳じゃない。いろいろな思いを、葛藤を、経験を積み重ね成長したからこそ眩しく見えるのだろう。

今もきっと泣かないように自分に言い聞かせてるのかもしれない。


(そうだとしても……これは、駄目なやつです)


このまま感情を押さえ付ければ自分ごまかすことが出来るだろう、けれどその代償に泣きたい時に泣けなくなる事を私は知っている。

それは強さじゃなく心が麻痺しているだけだから。


(ポポ!ロゼッタに今すぐ突進して癒しを提供するのです!)


そう念じればポポはロゼッタの足元にすり寄った。


「っ!?」


驚き顔を上げたロゼッタと目が合う。

今にも泣きそうな顔が可愛くて叫びそうになるがなんとか堪える。

私の推しが尊い。


「……小さい、わんちゃん?」


(わんちゃん……!?ロゼッタは犬をわんちゃん呼びするのですか!?何それ可愛いにも程があるっ!)


「いや、ぬいぐるみ……誰かの使い魔かな?どうしてこんなところに……君、ご主人様はどうしたのかな?迷子?」


ロゼッタはポポをそっと抱き上げるとよしよしと頭を撫でながら尋ねる。


(ポポ……なんて羨ましいんでしょう、是非そこを変わって……いやいや、そんな事してる場合ではないのです!ポポ、ロゼッタを元気付けて下さい!)


私が命じればポポは「わん!」と一声鳴いてロゼッタの手にすり寄った。

その仕草に少なからず癒されたのだろう、ロゼッタの表情が緩む。


(いい調子ですポポ!そのままロゼッタが悲しそうな顔をしていた理由を……)

聞き出して、と指示を出そうとした瞬間急に意識が自分の体に引き戻された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る