【120本目】ダラス・バイヤーズ・クラブ(2013年・米)

 オールバックにして父親に会いに行くレイヨン、ちゃんとス―スク版ジョーカーっぽい。


【感想】

 1980年代に発見されたAIDSウイルスは、90年代ごろまで明確な治療方法が見つからず、【死のウイルス】という通称もあった病気です。当時の各国政府の対応の悪さも関係して、第一次大戦の死者数に匹敵する3600万人がこのウイルスで命を落としています。


 【ダラス・バイヤーズ・クラブ】は、確かな効き目を持つ治療薬も存在していない、正にAIDSが死のウイルスだった1980年代に、HIV陽性の診断を受けた男性の人生を描いた物語です。

 この映画で主演のマシュー・マコノヒーは13キロ強減量、ジャレッド・レトは17キロ強減量の上トランスジェンダー役に挑戦しており、結果両者はそれぞれ2013年のアカデミー賞で主演男優賞と、助演男優賞を受賞しています。


 テキサス州ダラスに住むゴリゴリ保守派のカウボーイで、AIDSウイルスで死亡した映画俳優をホモだから死んだ、と罵倒するようなド偏見を持っていた主人公・ロンが、ある日「HIV陽性で余命30日」と診断されるところから、物語は動き出します。

 余命いくばくもない事実を突きつけられ、臨床試験開始直後の治療薬も対象外のため服薬できず、かつての仲間からもゲイと勘違いされて仲間外れにされてしまうという地獄のような人生の中で、それでも生きたいと渇望したロンは、メキシコの闇医者から未認可だけど認可治療薬よりも副作用のない治療薬を提供されます。


 元々自分のために入手した未認可治療薬で、偶然知り合ったトランスジェンダーのレイヨンと取引することになったのがきっかけで、彼と共に未認可治療薬をエイズ感染者にそれなりの値段で売るクラブを立ち上げることになります。

 これが思いのほか多くの顧客が集まり、結果ロンは金目当てか、病院やFDAへの当てつけか、はたまた自分自身の生自体への渇望からか、はたまた同じ境遇の人々への一抹の良心からか、世界各国を渡り歩いて未認可ながら効果のある治療薬を購入し、米国で大々的に売り出すことになります。

  認可された薬のみを投与しようとするFDA&病院と、未認可ながら認可治療薬より効果のあるダラスバイヤーズクラブの対立が、この映画のキモになっています(イヴ・サックス女医はその対立軸の狭間で葛藤する存在)。


 【ブラック・ジャック】とかでも倫理の外側にある医療がテーマとなりますが、時代のうねりの中で必ず倫理観は変化を迫られるものです(特にエイズのような突発的な不確定事項の後には)。そんな時代のうねりの中で新しく生まれた倫理観と、旧来の倫理観の対決が、新病の治療薬、というキーアイテムを通じて描かれているといえます。


 またビジネス上の関係でしかなかった上にカウボーイとトランスジェンダーという水と油みたいな二人だったロンとレイヨンの間で、話を追うにつれて奇妙な友情が芽生えていくのも見どころです。

 レイヨンがああなってしまった直後のロンのブチギレは、彼をビジネスパートナーとしか思っていなかったら絶対出てこない挙動でしょう。


【好きなシーン】

 29日目のドライブ中にこっそり車を止めてカーステレオも消して、何かを思い詰めて拳銃に手を添えて、でも手を添えたまま何もせず子供のように泣きじゃくるロンですかね……ロンはこの次の日何とか助かろうとしてメキシコの闇医者のところへ行くのでこの時点では生への渇望みたいなのがあるはずなんですが、そんな中でも病気の苦しみの恐怖に心が折れそうになったんかな、って考えると、常時強気でいられる人間なんて本当はいないんだろうな、って気分にさせられます。


 クラブ設立後に、治療薬を求めてきたけどお金のない人を門前払いしているロンもよくも悪くも印象的でしたね。別に正義のヒーローのつもりでやってるわけじゃねーんだよ! という清濁の濁の部分を強調した重要なシーンだと思います。

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