【73本目】フィラデルフィア(1993年・米)

 しばらくトム・ハンクス映画で行こうかな?


【感想】

 【フォレスト・ガンプ】や【アポロ13】などの名作に触れた身としては、トム・ハンクス夫妻のコロナウイルス感染は本気で心配せざるをえません。と、いうわけで彼の一ファンとして、トム・ハンクスという俳優にとって転機となった映画をレビューしたいと思います。


 なんせトム・ハンクスは本作で初のアカデミー主演男優賞を受賞しており、その他にもゴールデングローブ賞ドラマ俳優部門、ベルリン国際映画祭銀熊賞男優部門など数々の栄誉ある賞を獲得しています。そういう意味でもこの【フィラデルフィア】は、それまで軽いコメディ映画(【マネーピット】すき)に多数出演していた彼を一気にハリウッドスターへとのし上げた映画と言えるのです。


 【羊たちの沈黙】で知られるジョナサン・デミ監督が1993年に手掛けたこの映画は、トム・ハンクスの他にも【マルコムX】で一躍トップスターに躍り出た直後のデンゼル・ワシントンやアカデミー助演男優賞を受賞したジェイソン・ロバーズ、ハリウッド進出して間もない頃のアントニオ・バンデラスと、今見ると豪華すぎる俳優陣で固められています。


 さてこの映画でテーマとなっているのは、当時国際問題となりつつあったエイズウイルスとそれに関連付けられたゲイ男性への著しい差別意識がテーマとなっています。

 今でこそ新規感染者は減少、感染者の寿命も回復に向かっている病気ではありますが、90年代くらいまでは正に恐怖の難病として今以上に世界でおそれられた病でした。アメリカでは発見当初同性愛者に感染者が多く、それが同性愛者への差別につながったりもした(している)のですが、そんな当時存在した同性愛者への差別と、病気の感染者への差別、その二重の差別意識がこの映画ではテーマとなっているのです。


 実際に映画では、デンゼル・ワシントン演じる妻子持ちの弁護士がヒステリックなクレーマーレベルでエイズを恐れている描写がありますし、ゲイに対するヘイトスピーチや、マスコミの差別的な質問攻めに合う場面もあります。米国独立宣言が起草された場所でそういった差別が平然と行われているシーンを妥協せず映すことで、自由の国と言われるアメリカの実態を描いているようにも見えます。


 ただそんな偏見・差別・不当な扱いに合っても、トム・ハンクス演じるゲイの主人公はパートナーとの恋愛関係を決して恥じたりはしないし、戦いの末にゲイ差別主義者だったはずの弁護士・ミラーとも友情で結ばれます。

 そういう意味ではこの映画のタイトル【フィラデルフィア】は、舞台となった都市の名前だけではなく、その都市名の由来となっている、古代ギリシア語で言う【兄弟愛】の意味も兼ねてるのかな、と思ったりもしました。


【キャラについて】

 ゲイでエイズ感染者の弁護士・アンディことアンドリュー・ベケットと、妻子持ちの黒人弁護士・ジョー・ミラーの二人を主人公として物語は進められます。

 アンディの方はまだコメディ俳優としてのイメージがあった時期のトム・ハンクスが演じているので、序盤のウィラー法律事務所で働いてる頃はひたすら明るい性格が強調されていますね。映画ではそんな彼がエイズに罹患し、更に職場から不当な解雇を食らう、という二重の苦境が彼の顔を引きつらせ、顔面蒼白にまでさせてしまうわけですが、ラストの死の間際に友人や家族、パートナー相手にかける言葉が【また会おう】だったあたりは、苦境に陥ってもアンディが元来の明るさを失わなかったことの表れにも見えて涙腺が熱くなりました。


 そして何と言ってもデンゼル・ワシントン演じる弁護士ミラーが、ゴリゴリのゲイ・エイズ差別主義者だった、という点がこの映画の光る点だと僕は思っています(アンディにエイズ告白されてからの距離の置き方があまりにもリアルすぎる……)。ゲイの利権を守ろうとする人権派弁護士とかがアンディの味方になったりしたら、そりゃ格好いいとは思うけどあまりにも聖人過ぎて社会派映画としては的を得てないなー……って気分にさせられてたと思います。

 ちょっと出会い方が違えば、アンディにとっては【天敵】にすらなりかねなかったミラーが、【違法な解雇であり、法を犯す行為だから】というゲイ擁護とは全く別の、法の番人としての理由でアンディの味方をすることが、【フィラデルフィア】を地に足の着いた映画たらしめている理由だと思います。


 結局ミラーはあの後もゲイ男性やエイズに対する偏見自体は捨てていないかもしれない。だけどそんな彼が、ゲイとか弁護士とかじゃない、アンディ・ベケットという個人と真の友情を結んだ、という展開こそが、この映画を名作たらしめていると僕は思います。


【好きなシーン】

 冒頭のシーンの、舞台となるフィラデルフィアの街でただ当たり前に生きる人々を描いた街並みは、最初見た時と2回目に観た時とでは全く違う感情が湧いてきますね。要所要所に挟まれてるゲイ・エイズ差別を考えると皮肉的なシーンとも解釈できるし、終盤・ラストのシーンを考えると【なんだかんだ言って、ここは皆が強く生きてるいい街なんです】っていうメッセージが含まれているようにも見えます。スプリングスティーンの【Streets of Philadelphia】がロウソクの火を思わせる、静かながら力強い歌なので余計にそう感じます。


 個人的にはラストのお葬式のシーンで、アンディの遺族やミラーたちがみんな笑ってたのも印象的でしたね。戦って戦って戦い抜いた人生だったから、遺族が汲んであげるような無念さもあまりなかったのかもしれない。


 あと中盤の、証人(しかも自分側)に「ゲイですか?」「カマ堀りですか?」とありえない質問を投げつけたうえでのミラー弁護士の【原告は明らかに同性愛者への差別から解雇されてるわけだから、性的な興味も隠さずハッキリさせた方がいい】という発言も印象的でした。この辺は上に書いたような人権派弁護士だったらできなかったようなアプローチって感じですね。

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