【69本目】アリス(1988年・チェコスロバキア)

 シュヴァンクマイエル監督の短編アニメ映画、図書館とかだったらおいてなくもないですけどひたすらシュールなんでいろんな意味でおススメです。


【感想】

 1988年と書きましたけど、1988年のチェコ(当時チェコスロバキア)と言えば、東西冷戦の真っただ中で、ゴリッゴリの共産主義政権下であったことは今さら言うまでもないと思います。しかしだからこそこの時代の同国(というか東側諸国全般)には、ハリウッド映画にはない魅力にあふれた映像作品がたくさんそろっています。

 と言ってもどういう風に?と思われる方におススメしたいのが、ヤン・シュヴァンクマイエル監督による特撮映画【アリス】です。もちろん原作は、ルイス・キャロルの児童小説【不思議の国のアリス】ですが、有名なディズニー映画版や、それ以前以後のアリス映画とは全く異なる作風になっています。ちなみにレビューサイト・ロッテントマトでは最高成績の100%をたたき出しています。


 チェコと言えば東ヨーロッパに位置する小さい国ですけど、アニメーション界ではヨーロッパでも有数の製作国として知られています。特に評価が高いのが、人形をストップモーションで動かす形式で撮影される人形アニメーションで、これはチェコで人形劇が伝統的に親しまれていたのも関係しています。

 

 そんなチェコアニメ界にあってヤン・シュヴァンクマイエルは1964年にデビューして以降、1980年代までに20作以上の短編アニメーションを製作しています。チェコのアニメ映画はただでさえディズニーや東映的なアニメーションとは全く文脈の異なる趣があって人を選びますが、その中でもシュヴァンクマイエル監督の人形アニメーションはシュールな絵面ゆえに更にコアな作風の作品が多いです(だから今の時代マニアウケするんだけどw)

 そんな監督が1988年と言う冷戦末期に製作したのが、ルイス・キャロル原作の【不思議の国のアリス】の実写映画でした。


 結論から言うとこの【アリス】、ディズニーの【ふしぎの国のアリス】や【アリス・イン・ワンダーランド】、あるいはそれ以前それ以後にアメリカや西ヨーロッパで製作されたアリス映画とは一線を画す作風になっています。その理由の一つとして、シュヴァンクマイエルが原作小説を【おとぎ話】ではなく【夢】として解釈したという点があります。監督は、それまでのアリス映画がおとぎ話(教訓が軸になった話、という意味合い)的になってしまっていたことに不満を感じていました。原作小説は【夢】の話であり、それゆえにもっと荒唐無稽で、現実世界のモラルにもとらわれない世界のはずだ、という考えのもとで、この映画は製作されたのです。


 【アリス】は終始薄暗い世界観で、ともすればグロテスクにすら映ってしまう(チェコではどうかわかんないけど、日本の子供が見たらトラウマなると思う……)絵面も満載です。ですがだからこそ、ただのファンタジーでメルヘンな世界とは異なる【不思議の国のアリス】の側面にスポットを当てたという点で、数あるアリス映画の中でも特に注目すべき作品であると言えるでしょう。


【キャラについて】

 元気で活発だった【ふしぎの国のアリス】のアリスや、クールな女騎士の【アリス・イン・ワンダーランド】のアリスと比べると、【アリス】に登場するアリスは見るからに根暗な女の子なんですよね。10年後くらいにBL漫画読んで「フヒヒ……」ってにやけてそうな。髪の毛も整いきれてないですし……部屋の散らかり具合と言い、どことなく家庭環境にも問題のありそうなキャラ描写のされ方をしていますね。

 だからディズニーアニメのような活発な少女の自由な空想、というよりは、根暗な少女のシュールな妄想、という表現の方がしっくりくる作風になっています。


 冒頭の姉と一緒にいるシーンを除くと、全編にわたって人間はアリス一人しか登場しません(マッドハッターとかハートの女王も全部人形とか絵。しかもシーンによってはアリスすら人形に)で台詞も彼女が内容を間接的に伝える、という形で語られるので、視聴者はアリスの口から空想を聞く大人を疑似体験できるようになっています。つまり教訓的なおとぎ話が大人から子供に伝える形式なのに比べて、この映画は子供から大人に伝えられる物語になっています。この辺おとぎ話的な表現からの脱却を図った、シュヴァンクマイエル監督の意図が読み取れます。


【好きなシーン】

 靴下イモムシとかのCG使わずに工夫して撮影してるシーンも好みですが、序盤のアリスの自室かと思ったら、急に晴天下の何もない砂漠みたいな屋外に出てるシーンは色々意味ありげですね。原作でもディズニーアニメ版でも最初アリスがウサギに出会うのは川の土手なわけですが、これはアレだろうか、この映画のアリスにとって自室以外は何もない空虚な空間ってことのメタファなんだろうか。


 あとは終盤のハサミ使って首を刎ねまわしまくるウサギねw監督自身が語っていた【現実モラルにとらわれない夢】を正に実践したシーンですよあそこ。

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