【52本目】侠女(1970-71年・台)

【感想】

 中国の清代、【聊斎志異】という、当時中国社会で語り継がれていた幽霊や神仙などの伝承をまとめた小説が蒲松齢(ほ・しょうれい)という作家によって著されました。

 高校の世界史の資料集にも名前が載っているような有名小説なので、いかにも文学性の高そうな小説だな、と思われる方も多いかもしれません。しかしその実は、女性の幽霊や妖狐が男主人公の嫁になる、というラノベライクな展開の話が多い小説になっていて、まーいつの時代もどこの国でも男の考える妄想は変わらんのだな、と思わされる一冊です。

 そんな男の妄想を具現化したような内容のためか現代の本土・香港・台湾でも人気が高く、映像文化の登場した20世紀に入ってからはこの小説を基にした映画が30作以上製作されています(【チャイニーズ・ゴースト・ストーリー】などもこれ)。

 その【聊斎志異】の中でも官僚の父を殺された娘の復讐劇、というとびきり武闘派なお話を実写化したのが、この武侠映画【侠女】です。


 3時間と言う長丁場の映画ですが、1970年に台湾で初上映されたときは前半部分が第1部と言う形で公開され、翌年に後半部分が第2部として公開された、という経緯があります。1971年に香港で上映された際に、一本の映画となりました。

 まあとにかく世界中で多大に評価された映画でして、1975年のカンヌ国際映画祭で高等技術委員会グランプリなる賞を受賞していたりもします。

 ちなみにラスボスの手下Aとしてサモハン・キンポーが出演しております(ヒロインに「太ってる奴」って呼ばれる)。


 ハリウッドでサイレント映画の時代から【快傑ゾロ】みたいな剣戟映画が作られてたように、中華圏では武侠映画の歴史は1920年代にまでさかのぼることができるそうです。同ジャンルは現代になっても衰えることがなく人気を保っておりますが(2010年代で個人的に好きな武侠映画は【妖魔伝・レザレクション】とか)、1970年代の中華圏でもカンフー映画ブームとは別に武侠映画が一定の人気を持っておりました(売れなかったころのジャッキー・チェンも数本武侠映画に出てる)。

 

 で実際に映画見て思うのは、カンフー映画と同時期同地域のジャンルなのに全く文脈が異なるなってことですね。時折肘鉄とかの体術とかは使われますが、あくまでアクションは剣メインです。

 で、中立っぽい立ち位置で修行僧みたいな人々が出てきて、お、カンフーもするのか?と思いきや、気功的な無駄のない動きしかやらないです。戦闘中に繰り出されるスーパーマリオみたいなジャンプ見ても思いますけど、カンフーみたいなリアル体術とかじゃなくて、多少フィクショナルでも絵面としての美麗さの方に重点を置いた映画ですね。


 物語はあんまり後味のいい感じでは終わらない(というか、ラスト30分で明らかに物語が【曲がる】。良くも悪くも)ですが、そこんところ含めて後の武侠映画に含めた影響は大きい感じですので(【グリーン・デスティニー】とかもラストでどういうこと?ってなった……)、最近の華流武侠映画にハマった方にとっては一見の価値のある映画と言えるでしょう。



【キャラについて】

 隣家に引っ越してきた美少女が、実は政府に父親を殺され復讐に燃える武闘派ガールだった!なんていかにも2000年代以降のライトノベルでありそうな脚本ですが、主人公の男が30代で安定した職に就いていない、というのがまた(原作は18世紀くらいなのに)リアルだなって思います。

 で、二人がさほど会っていないのにすぐ一夜を過ごしちゃう辺りも、男子の妄想全開って感じで思わず「フフッ……w」って笑い声が出てきます。

 

 男主人公は一般人にもかかわらず計略によって(一応勉強してたから、って説明はされるけど)悪役たちの刺客を完璧に追い詰める、なんてなろう主人公チック展開が用意されてますが、清代からこんな風に都合のいい想像をしてる人は後を絶たなかったんだろうなーって気分にさせられます。


【好きなシーン】

 この時期の中華圏映画でも特にオープニングが美しい映画かもしれません。英領時代の香港のカンフー映画とか、今の中国本土の映画とかは西洋圏の市場を意識してでっかく表記される漢字の横に小さくローマ字表記が表示されたりしますけど、この映画は当初は台湾製作だからか、丸々漢字だけが画面上に映るので、This is 東洋圏っていう世界観が出来上がっています(海外の人は日本映画見てそういう気分になるんかな?)。そこにかぶさる、幻想的な雰囲気の女性コーラス。正に掴みはバッチシ!って感じでした。


 急にスピリチュアル映画の様相を呈するラストの30分くらいは、逆に「あ、これ原作通りなんだろうな」って思いましたよ。古典文学ならああいう脈絡のない描写は日常茶飯事ですんで。初見だとあそこの展開でおったまげる人は少なくないでしょうけど(武侠映画を観慣れていなければいないほどに)、ウィキに載ってる映画評論家の「【2001年宇宙の旅】以来のトリッピ―な結末」と評されているのには笑いましたw


 あと、飛び上がって竹林につかまり、曲がっていく竹の動きを使って攻撃、という戦法は、チャン・イーモウの【LOVERS】で観た、これ!ってテンション上がりました。

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