【31本目】アメリカン・ビューティー(1999年・米)


 1月13日、第92回アカデミー賞の各部門ノミネートが発表されました。

 同賞で多数の部門にノミネートされた映画の中に、日本でも話題となった【ジョーカー】【ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド】【アイリッシュマン】に混じって、現時点(1月31日)では日本未公開(2月14日公開)の【1917-命をかけた伝令-】があります。あの【アベンジャーズ・エンドゲーム】に混じって視覚効果賞にもノミネートされている作品で、個人的に嫌が応にも期待値が上がっている作品です。

 てことで、個人的に【1917】に備えてテンションを上げておくために、同映画の監督のサム・メンデスがかつて手掛けたこの【アメリカン・ビューティー】について書きたいと思います。


【感想】

 第72回のアカデミー賞で最多8部門にノミネートされ、最多5部門を受賞したこの映画は、アメリカに住む【一見】普通の家庭・家族を描いた物語です。

 主人公は広告業界に勤める中年男性で、不動産業を営む妻と高校生の娘と共にシカゴの郊外で暮らしています。最近主人公一家の隣には軍人の父親がいる家族が引っ越してきて、高校生の娘にはグラビア雑誌にも写真が載った、いかにもスクールカースト上位の金髪女子の友達がいます。

 ……と、こうやって書くといかにも一昔前のホームドラマに出てきそうな、どこにでもいる普通の家庭って印象を持たれる方も多いでしょう。しかしこの映画でテーマとなるのが、彼らの普通の家庭がいかに虚構にまみれ、その虚構の中でどれだけ地獄のような思いをしていたか、という問題です。


 【アメリカン・ビューティー】というタイトルがアメリカ発祥のバラの品種で、劇中でもこのバラが印象的な形で出てくる……なんてウィキペディアのコピペみたいな文章を書いても仕方ないので、タイトルをそのまま【アメリカの美】あるいは【アメリカ的な美】と直訳して、その観点から作品を解釈してみましょう。


 上記の郊外で妻子とともに暮らす家庭、というのは、1950年代以降のアメリカで【一般的な幸せ】として不動産業界やら何やらで宣伝されてきた家庭像でした。大学を出たら就職して、結婚して、子供を持って、一戸建ての家を持って暮らす、という核家族的過程が一般的なアメリカ人の幸せ、つまり【アメリカの美】であったわけです。

 主人公のレスターも、広告業界に就職して、家庭を持って、平日の夜は妻子とともに食事をとる、というアメリカでは普通の幸せな家庭で暮らしていたはずでした。映画ではわりと序盤から、実はその一般的な幸せを得たはずの主人公(妻子もだな)が、なぜか鬱屈とした日常を過ごしている、という矛盾した状況が描かれています。

 普通の一般的な幸せに違和感を感じていた登場人物たちが、普通と称される【一般的な幸せ】とは違う、自分なりの【幸せ】、つまり【美】を求めるというのが、この映画の肝になっています。

(レスターが自分なりの幸せを求めるきっかけが性欲だったっていうのは色々考えさせられます……三大欲求で一番根源的なもんなのかもなー。)

 妻子のいる中年男性のレスターは娘の友達と同じ年齢のアンジェラに恋愛感情を抱いた結果日々が充実しだし、不動産業を営むキャロリンは不動産王と不倫し、 チアリーディングのメンバーだったジェーンは、一見サイコボーイの同年代男子と恋仲になっていく、という展開へと進んでいきます。

 正に家庭崩壊へと一直線という感じだし、上の【一般的な幸せ】とは真逆の方向へと突き進んでいきます。でも印象的なのは、そんな状況にあって彼らが序盤よりも全然充実感があって幸せそうなことなんですよね。アンジェラの発言きっかけで筋トレしだすレスターなんて、いかにも日々が充実してるサラリーマンの日常、って感じですし。


 そんな感じで展開が進んでいくのを見ていると、盗撮サイコボーイだったはずのリッキーがものすごく格好いい存在に見えてくるのもこの映画のポイントです。各メインキャラが自分を曲げながら生活していた中で、彼だけは終始自分を(隠しはしても)曲げずに自分なりの美をカメラに撮り続けていました。もろもろの行為が普通に犯罪であるにしても、あれほど欺瞞にまみれた社会の中で、自分の価値観・美的感覚を貫きとおすその姿は尊さすら感じましたよ。

  

 で、物語が急展開へと動き出す終盤では、青春を謳歌するイケイケのギャルだったはずのアンジェラや、マイノリティを嫌悪する伝統的家父長制的な父親だったリッキーの親父(今気づきましたけど、どっちもリッキーに罵倒されてますね)にああいう秘密があったということが発覚する展開。

 本当は人々が抱く【アメリカン・ビューティー】なんて、最初からただの幻想に過ぎなかったのかもしれないな……と思わせる展開でした。


 そんで主人公の隣家でゲイカップルが何も気負うことなく当然のように暮らしている、というのも色々考えさせられる光景ですね。主人公たちの求めていた幸せは、案外きっかけなしでもちょっと手を伸ばせばすぐに届くものだったのかもしれない、って感じで。


【好きなシーン】

 やっぱ中盤の「一番きれいなビデオ」と称してただビニール袋が風に舞っているだけの映像をジェーンに見せるシーンの衝撃はヤバいですね。一番きれいなビデオ、と称してアレ見せられるリッキーのハートの強さはただただ感嘆しますし、あのビニール袋から「すべての者には命と慈愛に満ちた力がある」というメッセージを受け取ることができる彼の感受性というか、想像力の広さはすげぇなって思いますよ。

 ジェーンと二人であのビニール袋見てる光景は初見ではただただシュール(ちょっと怖いレベル)な映像でしたが、2回目に見ると二人が恋愛映画を観てて最高のムードに浸っているラブラブカップルに見えてきます。まさに映像の魔術ってものを思い知らされる場面ですよアレは。


 あと終盤近くの、ジェーンがとても幸せそうだとアンジェラに知らされて、静かに微笑んで「よかった」とだけいうレスターには普通に泣きそうになりましたね。あれほど家族がバラバラになって、それぞれが個人の幸せへと進んだ状況で、それでも娘の幸せに安心できるレスターの姿には、彼が本当に精神の安定を取り戻せたことと、個人の幸せを追求しても完全には父親という役割を放棄しなかったことが表れてました。

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