【17本目】【祝・アカデミー歌曲賞受賞】ロケットマン(2019年・英)
【あらすじ】
イギリスを代表するロックミュージシャンにして、史上最も多くのレコードを売り上げたソロ・アーティストの一人、エルトン・ジョン。だが彼の素顔は、親の愛を得られなかった少年時代のトラウマに苦しみ、自己嫌悪ゆえにアルコールやドラッグへの依存を繰り返す、一人の孤独な青年だった。世界的人気とは裏腹の誰にも理解されない人生を送る彼が、苦悩と頽廃的な生活から脱却する日は来るのだろうか―――
【感想】
上映時期が時期なだけに2018年のあの映画と何かと比較されがちな映画ですが、あえてあちらではなくこちらを先にレビューさしていただきます。近所の映画館でリバイバル的に上映してたのを観てきたとこなんで、熱が冷めやらぬうちに。
最近のプリキュアとかアイドル系のコンテンツとかで、「なりたい自分になろう!」が決め文句として使われることが良くあります。僕はプリキュアは長年大好きでいるアニメシリーズの一つですし、7年来のモバマス・デレステPでもあるので、主人公の少女たちが胸を張ってなりたい自分へと歩んでいく姿には何度も感動させられています。
ただ、なりたい自分になろうとしても(実際になれたとしても)、一人でいるとき、家族といるときなどにどうして【現実の自分】【本当の自分】と向き合わなければならない瞬間というものが現実問題として人生では存在します。【なりたい自分になる】という行為は、夢や希望といった明るい側面だけでなく、本当の自分を隠し、避け、果ては押し殺す側面もあるのではないか? という問題に向き合ったのが、この映画だと思います。
序盤で「今までの自分を殺して、なりたい自分になれる」のがミュージシャン、的な話を歌手仲間にされた下積み時代のエルトンは、ド派手で、時として奇抜なファッションに身を包んだパフォーマンスによって観客の前に現れます。映画で製作総指揮を担当したエルトン本人が、そのパフォーマンスは【演じたい】という欲望の表れである、とインタビューで語っています。同じインタビューで彼は子供の頃は個性的な服を着るのは許されていなかったとも語っていますが、正に【過去の自分】【本当の自分】を押し殺して、【なりたい自分】を演じてきた一人の男性の物語が映画では軸となっています。
冒頭の奇抜なライブ衣装のままで、カウンセリングルーム(素の自分を出すための場所)に現れるエルトンの姿は、【本当の自分】を見失って、いつしか【なりたい自分】こそが本来の自分だと思い込んでいた彼の境遇を表しているように思えます。
映画のラストでエルトンはこれまでの人生としっかり向き合うことで、【本当の自分】を愛するための一歩を踏み出しますが、このシーンの後に唯一の理解者・バーニーとの和解のシーンを経て流れた曲が、「アイム・スティル・スタンディング(I'm still standing)」です。この曲には、邦訳で「僕はこうして立っているんだ、今よりもずっと確かに。真の生存者みたいな様子で、ちっちゃな子供みたいな心で」という歌詞があるのですが、この曲が流れることで、彼が【過去の愛されなかった自分】【嫌悪してきた本当の自分】を愛し始めたことが強調されているのです。
出世から仲間との対立、和解を経ての最高のパフォーマンス、という流れるように美しい構成の【ボヘミアン・ラプソディ】(もうタイトル言おうw)のフレディの人生と違い、【ロケットマン】でエルトンが見せるドラマは、解決していないままに終わる問題も少なくないし、バーニー相手にエルトンが性根の腐った一面を見せたりで、これでもかというくらいに凸凹な構成です。映画の内容のみならず、そのドラマを包み隠さず正直に描写し【本当の自分】を愛することの尊さを訴えようとする製作陣(エルトン本人含む)の気概にも、僕は心揺さぶられます。
【好きなシーン】
映画のタイトルにもなっている楽曲【ロケットマン】(Rocket Man)は、燃え尽きることを覚悟のうえで、一人で火星へ飛び立っていく宇宙飛行士の歌です。そして劇中でこの曲が使われるのは、ドラッグを過剰摂取した結果プールで自殺を図る場面であり、その瞬間のエルトンは宇宙遊泳しているように水中でユラユラしています。
そして水中に沈んでいるエルトンの目には、プールの底でピアノを弾いている少年時代の自分の幻影が映ります。エルトンが【なりたい自分】になるために何を犠牲にしてきたかを、映像と音楽の両方面から描き出した名シーンであるといえます。
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