【46本目】バルカン超特急(1939年・米)

 古いのでいく。


【感想】

 アルフレッド・ヒッチコックの映画と言えば、モンスターパニック映画の【鳥】とかサイコスリラー映画の【サイコ】とかが有名ですけど、どちらの映画もむしろヒッチコック映画の中では異色です。

 超能力も異常な自然現象も起こらないのに、偶然に偶然が重なった結果異常な現象が起こる、というサスペンス映画こそ、ヒッチコックの本分なわけですから。

 今回紹介する【バルカン超特急】は、そんな【サスペンス映画の神様】ヒッチコックの本領が発揮された映画と言っていいでしょう。


 【サイコ】【鳥】はハリウッド映画ですが、ヒッチコックはイギリスの出身であり、第二次世界大戦前後の1939年まではイギリスで名をはせた監督でした。

 エセル・リナ・ホワイトの推理小説を原作としたこの映画は、イギリス活動期のヒッチコックの最後にして最高のサスペンス映画と言われています(最後の映画は【巌窟の野獣】だけど、歴史映画なのでサスペンス映画とはちょっと違うし)。

 なお【バルカン超特急】と銘打ってはいますが、原題は【the Lady Vanishes】で、特にバルカン半島とかは無関係、というレトロ映画特有の語感だけ重視した関連性度外視邦題になっています。

 

 ヒッチコックが自分で語ってたことですが、彼の映画では【マクガフィン】という謎の秘められた箱がキモになります。普通の推理小説だと、謎があればそれに向かって刑事やら探偵やらが着々と推理を進めていき、最後には謎の衝撃的な真相が明らかに!なんてところが基本的な話の流れだと思います。

 ですがヒッチコック映画では、【マクガフィン】という謎それ自体ではなく、【マクガフィン】の謎に登場人物が翻弄されたり、謎をめぐって集団が対立する様こそが話の流れの軸になっています。謎をめぐっておきる人間ドラマこそが主軸なため、謎の真相はベタベタだったりするのですが、とにかくその構成のおかげで冒頭から結末まで緊張感の絶えない構成になっているのです。

 【バルカン超特急】では、正に謎それ自体ではなく、主人公・アイリスがただただ謎に翻弄されて混乱する様こそが物語の核となっているため、ザ・ヒッチコック映画という感じの構成になっています。


 【親しくしていた女性が突然消失、というか存在しなかったことになる】という異常事態が起こるにもかかわらず、 【理解者がどこにもいない】【外国の田舎】【列車という閉鎖空間の中】【主人公が頭を打った】というシチュエーションで、周囲がおかしいのか主人公がおかしいのかわからない、という視聴者まで不安にさせられるような展開になっていきます。

 主人公とはホテルから一緒で、主人公の理解者になってくれそうなクリケットコンビと不倫カップルすらも利己的な事情で嘘をつくもんだからますます主人公は孤立していくという八方ふさがりの状況が、これぞ王道サスペンス映画!という感じで観てて不安になりながらも気持ちがいいです。

 終始列車で物語が展開されるため、ガタンゴトン……という音が聞こえてカメラも微妙に揺れていて、映像内で独自の空間が醸成されていっているのも、アイリスの巻き込まれる異常な状況とマッチしていて好きです。


 余談ですが、バンドリカなんていうヨーロッパの架空の国を舞台としている、なんて設定にこの時代特有の作品へのおおらかさを感じますね。交通手段の発達によって世界がグンと縮まった現代の映画では、架空の国自体作るのが難しいですからw


【キャラについて】

 ミス・フロイはただの優しいおばあちゃんですけど、だからこそ望まない結婚をしにロンドンへ向かうアイリスにとっては救いとなるキャラクターです。赤の他人のおばあちゃんが突然消失しても一般人なら「警察に任せよう……」って思う程度でしょうけど、アイリスの場合は孤独な状況で友達になってくれたおばあちゃんを救うことは、彼女自身の救いにもつながっている、というのが脚本のうまいところです。

 後ミス・フロイは【突然消失する】というシチュエーションによって、映像上にいないのに勝手にキャラが立っているのがすごいですね。


 第一印象は嫌な奴、という体でギルバートが登場するのも、主人公の女性と結ばれる男性としては王道って感じです。

 ホテルで迷惑行為をやってのけ、主人公のクレームきっかけで追い出されたら主人公の部屋に押し入ってクレームを取り下げさせるという、今の倫理観だと到底許されない行為を働きますが、こういういけすかない男が異常な状況下で味方になってくれる、というのは最初から仲のいい人が味方になるよりは意外性があって楽しいです。


 序盤当たりの田舎や外国を平気で見下すクリケットコンビには、こういっちゃアレだけど、英国を感じましたねw三流国だとか野球は子供の遊びだとか、全方面に喧嘩を売るブラックユーモアを擬人化したような二人です。でもアイリスがどんなに異常な状況に巻き込まれても終始自分のペースを崩さないので、展開に不安にさせられる視聴者にとってこの二人はある種の頼みの綱みたいな存在になってるんですよね。


【好きなシーン】

 中盤の窓に記された名前を見たアイリスが、「ミス・フロイは実在します!!」と乗客に向かって叫んで脳外科医に取り押さえられる状況は、何も間違っていないのに異常者扱いされる場面も【ターミネーター2】序盤のサラ・コナーのような息苦しさがあって好きです。


 あとは序盤の「上の階で象が椅子取りゲームをしてて寝れない」という表現も好きです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る