消えたクリスマス

桐生夏樹

第1話 クリスマスなんて大嫌い

 今日はクリスマスイヴ。

 街はイルミネーションに溢れ、どの店に入ってもクリスマスソングが流れている。どこもかしこも輝いている。そこは夢の世界。



 ――うんざりだ。



 今年がハイスクール最後のクリスマス。

 ……とは言っても「彼氏いない歴=年齢」で、両親、友達さえも居ない天涯孤独てんがいこどくの私には、一年の中の一日。だ。もちろんプレゼントなんてものは、生まれてこの方貰ったことが無い。


 むしろ今日は、街中に溢れるカップル達が手を繋いで、まるで世界に自分たちしか居ない様に縦横無尽に振る舞う『不快な日』、邪魔でしかない。こいつら一人残らず『ポリスマンに捕まってしまえば良いのに』とさえ心から思う。


 そもそも何で、クリスマスより、クリスマスイヴの方が盛り上がっているのよ……?

 クリスマス前日の方が盛り上がっている、この現実を知ったら死んで行ったキリストも浮かばれないわ。



 ――メリークリスマース!!



 ……え?

 私の耳元で声がしたような……キョロキョロと周りを見回しても居るのはカップルばかりで、誰も私のことを気にも留めていない。


 うん。気のせいだ。

 疲れているんだ、私。



 ――メリークリスマス!!



 ……あれ?

 最初より大きな声で耳元で声がする。もう一度、辺りを見回したけれど、やはり私に声を掛けるような人なんて居ない誰も居ない。


 ――貴女あなたのことです! エリス様!!


 エリス……私の名前……?

 何で知っているの?!!


 それよりも、どこにいるのよ!!

 目を凝らして遠くを見るが、私の方を向いている人なんて、やっぱり誰も居ない。


 ――もっと近くにおりますよ……失礼。


 ――ぷに。



 何かが私の頬をつついた。

 視線を遠くから右肩に移すと、そこには『タキシードを着た金髪の小さな男』が私の肩に乗っていた。


「だ、だれ?!」


私奴わたくしめの名は、カスパメルザール。カスパーとお呼びください。以後、お見知りおきを……」


 カスパメルザールと名乗る男は、『ボウ・アンド・スクレープ (*1)』をする。

 私は、いきなり現れたに動揺を悟られない様に平静を装う。


「……で、カスパーさん、私に何か用?」


「いえ、貴女が私のことを、お呼びになったのでございます。」


「……え? ……私が?」


「左様でございます。」


 カスパーは、お辞儀をしたまま返事をする。そんなこと言われても、私には心当たりが全くない。全く、だ。そもそも、彼の名前、存在自体知らなかったのだから、呼べるわけがないのだ。


「何かの間違いじゃない……? 私は呼んでなんかないわ。帰ってくれる?」


「それは出来かねます。ここに呼ばれた以上、エリス様の願いを叶えるまでは、帰れないのでございます。」


「願い……?」


「左様でございます。」


 突然の出来事に呆然とする私に対して、彼は当然の様にうなずいた。


 ……怪しい、怪しすぎる


 私だって、初対面で『願いを叶える』と言われてホイホイと喜ぶほどバカではない。願いを叶えたら叶えたで、代償に『魂をくれ』とか言われるに違いないのだから。上手い話には裏があるとは良く言ったものだ。


「私に願いなんて無い。帰って! 消えて!」


「エリス様は心にもないことをおっしゃいますね。全てお見通しでございますよ。私のことをお疑いになられていることも。」


「!! どういうこと?!」


「エリス様の願い、それは……」


 カスパーは、一息ついてから再び口を開いた。


 ――この世の中からカップルが居なくなることでございます。


「!!!!」


 彼の口から出た意外な言葉に、私は絶句した。否定しようにも、何も言葉が見つからない。ただただ、肩に乗る小さな彼の姿をみるだけで精一杯だった。


「エリス様の願いを感じ取り、私奴わたくしめが参上したのでございます。」


「あ、あなたは一体……?」


「私奴は何者でもございません。エリス様の下僕とご認識頂けたら光栄でございます。」


「下僕……」


「左様でございます。エリス様。」


 カスパーは再びボウ・アンド・スクレープの格好を取った。この男……一体、何を考えているのだ。何を企んでいるんだ。


「カップルを、消す……」


「左様でございます……エリス様にご了承頂き次第、カップルを全て例外なく消し去ります。これでエリス様のストレスは解消されること間違いございません。」


「ストレス……」


「ただし、一点だけ気をつけて頂きたいのは、カップルを消し去った後は、決して。また、エリス様も例外なく一生、何方どなたとも付き合うことはございません。このことだけは、ご承知おきください。」


 カスパーは、ここで初めて屈託のない笑顔を見せた。その笑顔には悪意が全く感じられない。この男を信じて良いのか……?


 もちろん私は、一生結婚する気なんてないし、それ以前に男と付き合うこと自体全く考えていない。『彼氏いない歴=年齢』、一生純潔を貫くのだと確信している。


 だから、カップルが全世界から居なくなっても、私の人生に全く影響はないのだ。うん。ノープロブレムだ。


 ――ストレスフリーの世界。天国でしかない。


「わかったわ……この世からカップルを消して頂戴。」


「かしこまりました。最後に念のため確認いたします。後戻りはできませんが、よろしいですね?」


「いいわ。私には何のデメリットも無いもの。」


「かしこまりました。では……」


 ――バンデレ・ムーティグ・アンデレ・スフェーレ!!


 カスパーが右手を挙げて呪文を唱えると、指の先から黒い渦が巻き起こり、街のイルミネーション、木々、建物、そして、カップルたちを次々と飲み込んでいった。


「な、何?! 一体、何が起こっているの?!!」


「エリス様の願いを叶えるための序章プロローグでございます。」


 カスパーが答えている間にも、どんどん風景が黒い渦に吸い込まれていく。


 ――そして


 世界は暗闇に包まれた。


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用語解説

(*1)ボウ・アンド・スクレープ

右手をお腹の辺りで内側に水平に置き、左手を横方向へ水平に差し出し、同時に右足を引く西洋のお辞儀。

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