第2話 管理人

 管理人のおばさん、田鳥たとりさんは夏だというのにきっちりとした服装で、痩せていて、半眼で、ちょっと陰がある――ように最初は見えたのですが、蓋を開ければ、やたらとノリが良い初老の女性でした。


「初めまして、こちらのヤマブキ荘の管理をしております田鳥と申します」

 深々とお辞儀をしつつ、きっちりカメラ目線です。

 ちなみに今回は表向きは取材で、カニさんはプライベートでついてきた、ということになっています。警察の方々は、失踪したA氏は既に山を下りた、という方針でここには誰もおらず、撮影し放題です。

 田鳥さんもそこら辺は判りすぎるほど判っていますので、服装をキメてきた、とのことです。ポーズをとりつつバルコニーを歩き、四人乗りのブランコに乗って状況を説明です。

 委員長が、くーっ、いいアングルだ~、とよく判らん目線で悶えています。


「私は先月、ここを遠縁の者が亡くなった事により相続しました。それで資産価値を調査する為に依頼したところ、失踪事件が起きまして……」

 オジョーさんが田鳥さんの横で、ペンマイクを向けつつ、まあ、と声をあげます。あ、もう一回言っときますけど、ペンマイクって、ただのボールペンです。

「ここは、何かその……いわくつきの場所なのでしょうか?」

「ふふふ、どうでしょうか? この山荘は元々――」

 そう言って田鳥さんは山の上の方を指差します。意外と近く、そう、五十メートル位上で工事をやっているらしく、山肌が露出し、ネットが張ってあります。

「あそこにあるスキー場の宿として機能していたそうです。ですがスキー場は閉鎖になり、別荘になったそうです。今、あそこはキャンプ場を作っているそうです」

「ふむむ……最初の持ち主さんはもうお亡くなりに?」

「そうらしいですね。まあ、かれこれ五十年以上前ですからね」

「何か悲劇的な事が起きた過去がある、とか?」

「無いと思われます。不動産屋さんに実地調査の前に調べてもらいましたから」

「勝手に住み着いている、頭のネジの残念な人がいる、とか?」

「ないでしょう。電気がまだ来てませんし、敷地内の井戸も発電機が壊れていて汲み出せません。山荘自体も施錠等がしっかりしていました。ただ……」

 田鳥さんの口元が歪みます。

「初めて開けて中を見回った時、屋敷の床は埃が積もっておりました。ところが、そこに小さな小さな足跡がついている。

 人間の物ではない。

 さりとて動物の物ではない。

 靴跡ですよ、どう見たってね」

 オジョーさんがごくりと息を飲みます。

 良い表情ですね。

 田鳥さんがオジョーさんに顔を近づけ、囁くように言いました。ちなみにこれ、試しに持っていった買ったばかりのマイクが無かったら拾えなかったと思います。


「解決は早急にお願いできますでしょうか?

 もし暗くなりまして、あなたがまだここにいることになっても、私はもうおりません。暗闇の中で、私に御用があっても私はおりません。暗闇の中、何を仰っても、そして叫んでも、私にはまったく聞こえません。夜になったならば――暗くなったならば――」


 僕達は全員ごくりと息を飲みました。

 現在はお昼に近い。夕方まで、暗くなるまでは実はあまり残り時間が無いのです。

 オジョーさんは、ゆっくりと口を開きました。


「……あの、私、お弁当を持ってこなかったのですが、例えば出前等を頼むことは可能でしょうか? 明るいうちに」


 ん?


「アンテナは二本でございますので、電話は御存分に」


 んん?


「ちなみに、お昼の方は簡単ではございますが用意いたしました。下でハンバーガーを十人分ほど……」


 まあ! とオジョーさんが明るい顔をします。

 あれ? さっきまで結構緊迫してなかった? とヒョウモンさんがカメラを構えて動きながら僕に小声で聞いてきますが、僕は首を振るばかりです。

 人選間違ったか、と委員長。

 僕はとりあえずカンペを出して、『これは聞いておこう』って項目を指差しました。

 オジョーさんはこくこく頷きました。カメラ目線で……。


「えっと、敷地内にお地蔵さまとか祠とかありますか? それをぶっ壊したり動かしたり谷底に蹴落としたりしてませんか?」


 やべええ、カンペそのまま読んでる。


「多分ないです。工事業者も入っておりませんし、私もここに来たの今日で二回目ですし、弁護士もアプリの地球地図の写真でこういうのがあって、とか私に言ってきましたしね。

 誰も彼もが面倒くさがって、ここに来たがらないんです。道も狭いですし」

 確かになあ、と僕はそっと門の外を振り返りました。山道は険しくないのですが、とにかくダラダラと長くて未舗装です。こういう所までわざわざ来たアプリの製作業者はホント尊敬します。


「ふ~む…………山荘に人形ってあります?」


 うわっ、オジョーさんの目が、もう完全に『お昼にしましょう』って感じになってる。

 委員長が、やっぱり人選を誤ったと呟いています。

 しかし、田鳥さんは待ってましたとばかりに、にやりと笑います。


「ありますね。しかも地下にぎっしりと。この山荘を立てた人物の趣味のようです」


 そ、そんなにいっぱいあるのか。多くても十体ぐらいで、そのうち一体がいわくつきかな、なんて予想を立ててたけど、こりゃまた――


「まあ! 多いですねえ…………燃やしちゃいません?」


 おおおおおおおおおおおおおおおい! 

 ヤンさんが飲んでたお茶をぶーっと吹き出してむせてます。

 カニさんが、その手があったか、とか言ってます。


「はい、いい案ですね。焼却炉はキッチリ動きますので、実はもう種火が入れてあるんですよ。いやあ、怖いしキモイし、一気にやっちゃうべきでしょう」


 おいおいおいおいおいおい。なんか裏手から煙が上がってるなあ、と思ったらそれか!

 オジョーさんはナイスです! と言い、それからカンペを見て、あ、順番間違えたと小さく言いました。ここら辺、本放送では編集して順番変えてますね。


「何か怪奇現象に遭遇しました? 例えば人形が動いてるとこ見たとか?」

「あ、はい。見ましたね。廊下の奥をパタパタ走る小さな人影ですけど」

「それは……中々凄いですね。他にはどうでしょうか?」

「他は特に。何しろ私もこの山荘に関しては素人なんです。あ、そうそう、A氏を探している時なんですが、多分風の所為だと思うんですが、凄い家鳴りが」

「家鳴り?」

「はい。山荘全体が、みしみしみし! って。もう凄い音で、一緒に探してたA氏さんの助手さんの一人は、家が縦に伸びてる気がするって仰ってましたわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る