写真を2つ

@hutatuno

写真をふたつ

私は目を覚ますと壁へ視線を向けた。

壁には一枚の写真が飾ってある。

その写真は私と家族が載っている。

私は写真が嫌いだった。その写真も私が飾ったのでは無く、母が無理矢理置いていったもので妻から相談され仕方無く飾ったものであった。

しかし、それで気の済む母では無かったらしく私が布団を敷き視線を横にずらすだけで目に付く場所に態々飾らせたのであった。

私は漸く布団から身を起こした。

ここ暫く私は体調を崩し気味であった為か少し痩せた様に感ぜられる。

一ヶ月程近く、寝たきりだった為か自分の家すら何処か知らない場所の様に思えた。

寝間着から紬に着替え、久しぶりに食卓へと向かう。

その間の廊下ですら心持ちは雲の上を歩いている様だった。

食卓の襖を開けると妻ー逸子ーが立って、飯を作っている最中だった。

「おはようございます、気分はどうですか」

「うん、大分」

私達夫婦には二人子供がいる。

否、大分昔にもう一人の子供は逸子の腹の中で死産している。

だが、別に子が一人居らずとも夫婦仲が悪くなる事は無かった。

私が食卓に付かず唯逸子の後ろ姿を見ていると

「そんなに見られていると、少々作りにくいのですが」

手を止めた逸子は此方の方を向きそう言った。

「嗚呼、済まない。飯が出来るまでまだ少し時間が有るのなら庭でも見てこよう」

「ええ、そうなすっても良いかも知れませんわ、私も先程支度に取り掛かったばかりなのでまだ時間が掛かりますわ」

そう言って逸子はまた元の作業に戻った。

逸子の後ろ姿をもう一度見遣ると私は縁側から庭におり草履を履くとそのまま庭を歩き回った。

私の家は少しばかり広く、庭には大きな桜の木が二本ばかり根を張っている。

私はそのまま庭を突っ切り玄関の郵便受けの処まで行った。

郵便受けには恐らく生家から又新しい手紙がきているのではないかと思ったからである。

私が寝込んでいる間生家からは「逸子や子供を連れて養生しに此方へ来い」と言うような主旨の書簡が何通も届いていた。

父母は頭も心持ちも田舎の人間であったので、余り都会に良い印象を抱いてはいなかった様だった。

私が都会の大学で友人と共に教鞭を揮うと知った時にも何かと文句をつけてきていた。

仕舞いには、友人やその大学の批評までし始めた際には流石に頭を抱えたものである。

だが、大学の事はもう決まってしまっていたことだし私自身も興味があった為今更その話を白紙にする気も無かった。

私は何とか父母を説き伏せ、私は田舎から都会に出て友人と共に教鞭を揮う事が出来たのであった。

そんな考えの違いからかその頃の私は私から父母に近況情報を知らせる事もしなかった。

然し、父母は私の考えとは違った様で親子仲を疎遠にさせたくは無かったようで毎月の様に書簡を送ってきていた。

その書簡の中には「好い加減妻を娶る気は無いのか」と言う様な文句迄綴られ出した。

その頃には私はとあるカフェで働いていた逸子との結婚話が上がっていた。

逸子を紹介したのは私が教員として勤務していた大学の同僚だった。

その同僚と逸子は義理の兄妹であったが、兄妹仲は良好であった。

そんな折に、私と友人と同僚とで酒を飲んでいた時

「そう言えば、君。最近流行りのカフェで僕の妹が働いているんだがね、どうだい?会ってみる気は無いかい?」

「そうだ、幸一君。君はまた書簡で父上殿から「妻を娶れ」と言われているんじゃあ無かったかね?どうだね、この気にあってみたまえよ。彼の妹君はとても頭の良い、慎ましい女性だよ。」

そこまで言われて私も断る程の薄情者でも無かったし友人の言う「慎ましい頭の良い女性」というものが気になった事も手助けして

「うむ、じゃあ会うとしよう」

そう答え私達は早速そのカフェへと向かう事になった。

そのカフェは今流行りという事もあってか随分と人が多かった。

「この店は随分と人が多いな。」

私が言うと、友人と同僚は口を揃えて言った。

「そりゃそうだろうさ、君。何せこの店はもう長い事やっているんだ。」

「長く店を保つ秘訣や知識も豊富なんだろうさ。」

そう言いながら店の奥へと進んでいく。

入口からは随分と奥まった席に灰皿がポツンと置いてあった。

その席に座り煙草を吸っていると店の店員と見える女性が注文を聞きにやってきた。

「いらっしゃいませ...あら、兄さん」

「やぁ、逸子。幸一君彼女が妹の逸子だ、逸子、彼が今朝連れて来ると言っていた大学の友人の一人、幸一君だよ。」

「あら、この方が今朝言ってた方なのね?どうも、妹の逸子です。」

「はぁ、まぁ宜しく御願いします。」

私からすれば今思い出しても恥ずかしく気の抜けた返事だとは思ったが逸子の方からすればそうではなかったようである。

「だって、貴方以外の方なんて無粋で乱暴な方ばかりだったんですもの、注文を聞きに行けば「お酌をしろ」だなんて言う方平気でいらしてよ?」

とこんな風である。

まぁ、それが逸子との初対面であった。

それからは個人的にカフェへ行ったり、同僚の家へ行き夜遅く迄飲んで議論等をしていた。

相変わらず父母へは何の連絡もしなかった。

それから何日かすると突然母が家へやって来た。

「お前からは何の音沙汰も無いものだから心配したのだよ、それに旦那様は勝手に勧めようとしなすったけど私は一度位聞いてやっても良いんじゃないかってお止めしておいたんだよ...。」

と、態々聞いてもいない事を喋り出した。

母は昔からお喋りの気があった。

「それで、ご用件は何でしょうか。」

母の話を遮るように聞くと少しばかり喋り足りない様な顔をしながら風呂敷を解いた。

そこにはお見合い写真数枚と父の長ったらしい書簡が入っていた。

私は分かっていながらも態と聞いてみた。

「これは写真ですね、何ですか?」

「おや、嫌ですねぇ。再三手紙にも旦那様が書いていたでしょうに。好い加減お前も腰を据えなくてはいけないし...私達の方で当たってみたんですよ。」

嗚呼、矢張り私の考えは甘かったのだと今更になって痛感させられようとは。

私の親はどうにかしてあの狭い田舎と言う籠の中に引き戻す算段である事が書簡を見れば伝わってはきていたが真逆私もここ迄するとは思わなかったのである。

「それで何処の御令嬢が良いのか旦那様とも話し合ってみたのだけれどね、此方の家の方なんてどうかしら、この方とはお前も顔見知りだし...」

と話し出した母を見つめ私はつとめて冷静に意見した。

「御母さん、私ももう子供では有りません。第一そのような事をして頂かなくとも結構です。もしそこに入っている御父さんの書簡も見合いの内容でしたら今日はお引取り下さい。それと、その見合いに関しては全て断っておいてくださいね。」

私がそう言うと、母の顔色がサッと変わった。

「お前はなんて事を言うのだろう、嗚呼、矢張りこんな所へ遣るんじゃなかったよ...。良いかい?お前は旦那様の跡継ぎなのだからそんな事を言っちゃいけないよ。それに見合いを全て断るなんて旦那様の顔に泥を塗るような真似をしてみなさい、どれ程お怒りになるかも知れない。」

つまり、父はここ迄すれば自分の元へ戻ってくるだろうと言う打算を踏んでの見合い話と母を此方へ寄越したのだろう。

「兎に角、今日はお帰りください。それと御父さんには私から連絡を入れておきますので。」

そう言って漸く駅へと送り届け帰路につかせた。

今は師走でもある為かとても人が多く、そのせいか少し疲れた様な心持ちになった。

ふと逸子の働いているカフェの珈琲が飲みたくなった。

母を駅へと送り届けたその足で逸子の元へと向かった。

店のドアを開けると逸子がカウンター席に座っていた。

「あら、珍しい。」

「嗚呼、久しぶりですね...。」

私はホッと息を吐きながらいつもの席へと着く。あの灰皿が置いてある席が私の指定席となっている。

「今日は何方にいらしてたの?」

「嫌、何、今日は母が来ていて駅まで送ってきたんです。見合いをするから誰か選べと迫られたんだ。」

「貴方お見合いするの?何だか寂しくなるわね...。」

逸子はそう言うと少し席を離れた。

暫くして珈琲茶碗を二つ持って戻ってきた。

「どうしたんだい?それは...。」

「貴方の分も持って来てるわ、私が飲むものもね。」

そうして逸子は綺麗な所作で珈琲茶碗を口へと運ぶ。

暫くそうして静かな心地よい空間の中、唐突に逸子が口を開いた。

「それで貴方お見合いはどうするの?」

私は口の中の珈琲を飲み干した。

「そりゃ断ってもらうさ。」

「あら、どうして?」

逸子は不思議そうな顔して此方を見ている。

「だってそうだろう?名前は知っていても、喋った事も無い相手との結婚なんて誰が得をする?見合いなんかで得をするのは親くらいだろう。」

そう言う私の顔を逸子はただ静かに見つめていた。

『見合いなんかで結婚しても不幸になるだけだ』

私はそう言う持論を女性に対して話したのは初めてだった。

「でも、貴方の周りにもお見合いで結婚した方は居るのではなくて?」

私の話を静かに聞いていた逸子が初めて口を開いた。

「まぁ、確かに居るが...そう言う奴から聞くのは大抵不満話位さね。」

私は煙草に火をつけた。

「それってやっぱり奥様への不満なのかしら?」

「嗚呼、そうだね。例えば、見合い写真を見て決めて結婚したのは良いが、細君が全く料理が出来ず、それで別居になったという奴もいたよ。」

「まぁ、そんな方が?」

それから又沈黙が暫く続くかと思っていたが、意外と逸子は『見合い結婚に関する失敗談』を聞きたがった。

「私も周りの友人からは見合い結婚等だけはしない方が良いと言われていてね...」

と最後の話に付け加えた。

「あら、何故なの?」

「私なんぞが見合い写真なんかで結婚してしまったらきっと神経衰弱になってしまうと病院勤めの友人までもが口を揃えて言うもんだからさ。」

そう言うと逸子は苦笑しながら

「それは大変ね...」

と言っていた。

時計を見ると小一時間経っていた。

私が「大丈夫かい?」と声をかけると「大丈夫」と答えた。

「実は...」

と逸子は不安げに喋り出した。

「貴方にお見合い話がきていると、兄に聞いていたのよ...実は貴方が見合い結婚を承諾してしまうんじゃないかと思っていたら...居ても立っても居られなかったの。」

私が逸子を見つめていると震えながら

「変だとお思いになるでしょう?でも、ね。私も不思議なのよ...他の男性と居てもいつも通りなのだけれど...貴方の事になってしまうと頭が回らなくなるのよ...本当よ?」

逸子の告白に私は黙って聞いていることしか出来なかった。

「神経病院に行くべきか兄にも相談したのだけれど、兄はその必要は無いというの。只、貴方に会ってみれば分かるだろうって...。」

「それで何か分かったかい?」

試しに聞いてみると逸子は小さく、だが、しっかりと頷いた。

「私は、貴方が好きだったのね。きっと初めてお会いした時から。」

「一目惚れだったんわ...」そう呟いた。

泣きそうな顔で、「貴方は私の事がお嫌い...?」と私を見ている逸子に対して私は不思議と不快感は起こらなかった。

その逆で「可愛らしい」と言う情さえ起こったのだ。

「嫌いなんて、有り得ない。」

そう答えた私を驚いた子供のように目を丸くして、

「本当?嘘なんて言わないで頂戴ね?」

「嗚呼、寧ろ好ましいくらいさ。」

私がそう告げる度に逸子の瞳から綺麗な雫が溢れる。

「嗚呼...どうしましょう...今迄生きてきた中で一番嬉しい事だわ。」

しまいには手で顔を覆ってしまった為、逸子の表情が見えなくなってしまった。

その日、私達はひょんな事から恋仲となり今のような夫婦仲となる事が出来た。

その事は見合いを全て断ってもらう為父母に伝えた。

父母は渋々ながらも承諾していった。

そして何年か経つと私達の間に子供が出来た。

私達は「産まれてきたら沢山の愛情を掛けて育てよう」という約束していた。

だが、それは叶わなかった。

子供か死産してしまった為である。

その時の私達夫婦は周りから見ていると、子供の後を追って死んでしまうのではないかと思われる程に神経衰弱になり掛けていた。

実際にその通りであった。

何回も心中しようとしても友人達が押し掛けてきたり家に泊まるなどして出来ず、結果的に子供の後は追えなかった。

そうして今迄生き永らえてきた。

「幸一さん」

「嗚呼、今行くよ」

今日は子供の命日だった為、朝食を取ったあと寺に行く事になっている。

いつも通り支度をしていると、逸子の声がした。

「ねぇ、幸一さん。」

「嗚呼、済まないね。少し待っていてくれ。直ぐに準備するよ。」

そう応えると逸子が部屋へ入って来た。

「あのね...今私も支度をしていたのだけれど...何だかお腹が嫌に張っているのよ...まるであの子がお腹に居た時みたいに。」

そう言われて、よくよく逸子を見てみると前迄とは違い少しふくよかになっているように見える。腹も最初あの子が居ると分かった時の様に膨らんでいる。

私達夫婦は少し気になった為、行先を寺から病院に変更した。

結論から言うと逸子の腹には赤子が居た。

もう三ヶ月は経っているという。

前に死産した際に「もう子供は望めないかも知れない」と言われた私達はもう一度子供を授かる事が出来たのだ。

コレには医者も驚いていた。

その後直ぐに、子供が出来たということを寺に知らせ、友人、お互いの親には電報を打つことにした。

そして、直ぐに家に帰り逸子の身体のために直ぐに休むことにした。

次の日には、友人達が逸子と私の様子を見に来た。

大学の同僚も「休暇を取ったから」と言って来てくれた者もいた。

「良かったな!幸一君、逸子さん、コレであの時の子との約束を果たせるじゃないか!」

そう言って周りの友人達は皆逸子のお腹の子に「頑張れ」等と優しく声を掛けながら帰っていった。

その晩だった。

私は夢の中で逸子と私、赤子の三人で家族写真を撮る夢を見ていた。

写真を撮った場所は桜が根を張っている私の家の庭だった。

朝目を覚ました私は逸子と母の付けた私の家族写真を取り外すことを決めた。

この写真を付けてから私達に何か良い事があったであろうかと話し合った結果だ。

ならば、外そうという事になった。

その場所は新しい家族の為に空けておいてやりたいのだ。

そして、赤子が産まれる日が来た。

私は逸子以上に緊張してしまっていた。

逸子は逆に落ち着いていた、女性特有の強さだろうか。

そうして漸く産まれた子供は思っていた以上に小さく愛らしかった。

その時私は何故か父母に電報を打っていた。

『何故か』と問われると私にも理解出来ない。

唯、興奮してその勢いとも言えるかもしれない。

すると逸子はそんな私に「それで良いのだ」と言ってくれた。

すると父母が翌日の朝私の家へ来てくれた。

父は冷静に見えた。

そんな父に久しぶりに会う私は自然と緊張していた。

父が口を開いた、ただ一言「おめでとう」と。

私を毛嫌いしていた父からその言葉が聞けた。

嗚呼、矢張り彼も一人の父親なのだと思った。

「お前を此方へ寄越して良かったのかもしれん。」

私は知らずに涙を流していた。

私は漸く父に認めてもらえたのかもしれない。

そうして私は、私達は又親子として生きていける。

私も又一人の父親として生きていける、そう思った日であった。

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