人間模様7 イートインの老人

herosea

イートインの老人

人間模様7 イートンインの老人


 厳冬のピークを思わせる1月の最後の土曜日の朝5時半頃、ヒロシはゴルフに行くところだった。仲間の車にビックアップしてもらうため、いつもの通り家近くにある大通りに面したコンビニで待ち合わせとしている。ヒロシの自宅は狭い共有の私道を入ったとこなのでわかりずらいのだ。ゴルフ仲間に車で迎えに来てもらうときはいつもこのコンビニを待ち合わせ場所にしている。都内にあるコンビニにしては駐車場もそこそこ広くて便利なのた。


 年末から3日ほどまで、このコンビニは一次閉まっていた。改装工事をしていたのだ。ヒロシにとって、開店後、初めての来店となった。入ってみると、ファシリティや壁・床が新しくなったので綺麗になったとは思ったが・・、レイアウトはあまり変わったとは思えない。


 ただ、良く見ると、入って左手に広いスペースが出来ていることに気が付いた。前は何かドアがあったような、倉庫だったのだろうか。それをぶち抜き、どうやらイートインスペースにしたらしい。ちょっと覗いたら電気がまだ点いていなくて暗い。でも、カウンターだけではなくテーブルも置いてあって、10人ぐらいは休むことができる広さだ。


 ヒロシが覗いていたら、店員が気を利かして照明を付けてくれた。明るくなって、さらに見てみると落ち着いて居心地が良さそうスペースだった。この店の改装後、はじめて待ち合わせとしてこのコンビニを指定したのだが、寒い朝には時間が潰せるところがあるのはありがたい。早速、外に置いてあるキャディバッグとボストンバッグをイートンに持ち込み、暫くここでゆっくりすることにした。


 荷物をイートインにおき、朝飯をと店内をゆっくり一周した。お握り2つとゆで卵を物色、そして、こだわりのカフェラテのラージを買い求めた。カフェラテをマシンで淹れて、数分ほどでイートンに入ってみると、いつの間にかもう一人の男性が一番奥の席にくつろいですわっいる。男性は、お出かけという服装ではなく、寝間着?ではないが起き掛けでそのまま来店したと見えるラフな部屋着を装っている。


 ヒロシは知っている男性であることに気が付いた。自宅の前の私道を共有する家の一つに住んでいる。奥さんと二人で住んでいることは知っている。近所なので道端で挨拶はするが、あまり会話はしたことはない。もう10ほど前に仕事は引退して悠々自適の生活をしているはずだ・・知っているのはそれぐらいだ。久しぶりに見掛けたが、男性がまだ会社勤めをしていたであろう頃の颯爽とした雰囲気は影を潜めている。頭は白髪ばかりになり寝ぐせでぐちゃくぢゃになっている。一回り痩せ細りやや背も曲げた姿勢になった。顔には白い無精ひげと皺が目立つ。いつのまにか老人になっていた。


 老人は二人掛けのテーブル席を陣取りスポーツ新聞を広げて見ていた。片手に何か缶の飲み物をもって競馬欄を眺めていた。ヒロシはカウンター席に座り、淹れたての熱いカフェラテを啜りだした。このまま黙っているのも失礼だ。そう思い、後ろの男性のほうにゆっくり姿勢を向けた。


「おはようございます。」


老人は、早朝のしずかなコンビニイートインの中で突然声を掛けられたからか、老人は、一瞬、ギョっとした表情をした。顔を挙げて、近所に住むヒロシとわかって少し表情が緩んだ。


「あー、おはよう。こんな時間にどうしたの。」

「これからゴルフに行くんですよ。ここで友人の車が来るのを待っているんです。」

「あーそうか。俺も昔は良くやったんだけどね、歳でね、これだけ寒いと体がきつくてね。」

と言い、また、新聞を眺め出した。そして、ポケットから煙草を取り出して火を付け美味しそうに吸い出した


 ヒロシはこの老人には休みの日に良く出会う。大抵が朝夕の朝の犬の散歩の時だ。いつも煙草の箱を片手に持っているところをみると、家では煙草を吸えず、吸うために外に出てくると察していた。なるほど、、このコンビニのイートンインは、煙草も据えるし暖かい空調も入っているので時間潰しにはもってこいの空間だ。



 さらにふと気が付いた。彼が飲もうとしている飲み物、、350mlアルミ缶に見える。 缶には、”プライム・・○△・・”と書いてある。お酒じゃない? 質問してみた。


「それ、ビールですか?」

「そうだよ、発泡酒かなんかでね。若干安いんだ。」


やっぱりお酒だ。あっさりとした応答だったこともあって、ヒロシはこの後の会話に困った。内心思ってもいなかったが、老人を持ち上げようと思って言葉に出た。


「朝起きてからお酒、いいですよねー。」


すると老人は少し笑みを浮かべて応えた。

「そうなんだよ、これが楽しみなんだ。先週からこの場所が出来てね。静かな朝の自分の時間にここでゆっくりすることができるんだ。いいねぇ。」


老人はさらに続けた。

「前はね、このスペースがなかったから、店の外で煙草吸いながら呑んでいた。行き交う人にジロジロみられるもんで格好悪かったなぁ。このイートインができて暖かいし、通りからは見えなし、ゆっくりできて有難いんだよ。」


 ヒロシは犬の散歩の時にすれ違う老人を思い出した。そういえば、この老人は朝であろうが夕方であろうがいつも赤い顔していた。ここで呑んでいたのか。これまでは店の外で、そして3日前からはこのイートンインで・・。毎朝?、いやこの調子なら夕方もかな。もしかすると昼にもきているかもしれない・・。


 たぶん奥さんに隠れてだろう。だから僕が声を掛けた時、ちょっとびっくりしたんだ・・。

でもね・・、この静かな空間で、煙草をゆっくり吸って、スポーツ新聞読んで、片手に安い発泡酒を持って・・、その絵がとても幸せそうに見える。ヒロシは、その老人の悠々自適さが羨ましいと思った。



 暫くすると、待ち合わせの車が来たのが見えた。ヒロシは丁寧に老人に挨拶をしてコンビニを出た。一気に冷たい外気が身体に迫ってくる。それだけにほんの少し前にいたイートインが恋しい。あのスペースはなかなかなもんだ。人と人が出会うコミュニケーションエリア、街中の新たな井戸端会議の場所・・、そしてホッとひとりゆっくりする隠れ家、新たな文化を感じる。車が駐車場に停車しようとしているのを見ながらヒロシはつぶやいた。


「今度、俺もあそこであの老人とビールを飲もうかな。」


手を擦り合わせブルブルと震えたが、なせが心に暖かさが残る朝の出会いだった。


(了)

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