さらばダスト惑星

CKレコード

さらば、ダスト惑星

朝。妻から「出勤ついでにゴミを捨ててきて」と頼まれる。「あいよ」と二つ返事で答える。最近では、どこの家庭でも見られるごくごく当たり前のやりとりだが、昔は違った。

かつて、男にとっての出勤とは、言い換えるならば「戦場の地へと向かう出陣」だった。神聖なる出陣のついでにゴミ捨て行為など愚の骨頂。妻たるもの、出陣を控える主人に黙ってぶぶ漬けをそっと出すか、もしくは主人の背中で火打ち石を打ち、主の無事の帰還を願うのが定番だった。

しかしながら、そんな習わしはいつの間にか無くなっちまった。男の出勤の価値は、もはや大暴落してるって事だ。


僕の場合、ゴミ置き場の場所がちと遠い&車通勤の為、ゴミを車の助手席に乗せなくてはならない。なぜ助手席かというと、かつては後部座席にゴミを乗せていたが、車の中で考え事をしているうちにゴミの存在を忘れてしまい、会社までゴミを連れて行ってしまった事が何度もあるからだ。帰宅時に車のドアを開けた瞬間に鼻を突く異臭によりゴミを置きっぱなしだった事に気づく事になるのだが、夏場などその異臭が凄まじく、車内が極めて悲惨な状況になってしまう。

僕は、昭和のオヤジのような「出勤途中にゴミ出しをする行為に対するストレス」は感じないのだか、「愛車の助手席にゴミを乗せるストレス」は、日に日に肥大化していて物凄く大きくなっている。なんとかせねばいかん。


仕方がないので、ゴミと不倫をする事にした。ゴミの名前は、テレサだ。

朝、妻に手を引かれてやってくるテレサ。妻は、私とテレサが不倫関係にある事を知らない。妻子を裏切って幸せ家族を演じている背徳感にゾクゾクする。まさか、俺の不倫相手がこのゴミだとは誰も思うまい!

私はテレサの手をしっかりと握りしめ、車の助手席の前までエスコートし、丁寧にドアを開けてあげる。テレサを豪快に抱き抱え、助手席に優しく着座させてあげる。テレサの耳元で妻に聞こえないくらいの小さな声で、「ここで大丈夫?」と囁く。テレサがザワっと頷くのを確認し、ドアをそっと静かに閉める。

運転席に回り、キーを回す。カーステからは、重低音強めの音楽が流れ出す。重低音は、テレサが座るシートを揺らし、テレサの下半身をビリビリと刺激する。パワーウィンドウを開き、妻に「行ってくるよ」と言う。手を振る妻の姿を見ながら、妻の視界の死角でテレサの太腿に手をのばした。


「いつもの黄色いスーツ、よく似合ってるね」


テレサは無言だ。


「少し痩せた?」


「あなたが週末、家族旅行に行ったからよ」


「週末は家族と過ごすって約束だろ」


「私に会うのは、いつも火曜の朝と金曜の朝だけなのね。こんな関係、もう嫌よ」


「そんなこと言うなよ、テレサ。また溜まったら出してあげるから」


「 溜まったら出して、溜まったら出して、溜まったら出して、いつもその繰り返し。あなたの目的、それだけじゃない」


「泣かないで、テレサ。そんなことないよ。君は僕の心の支えだよ」


「うそ、うそ、うそ。嘘だとわかっているけど、私、いつもあなたの嘘にすがってしまう」


「・・・テレサ」


これで何回目だろうか。いつもとまったく同じ内容の会話のやり取りをしているうちに、テレサのマンションに到着する。


「たまには上がっていったら?」


「いや、会社があるから」


「そうよね。前はよく会社まで連れて行ってくれたわ。ねえ、またあなたの会社に連れてって!」


「あ〜、もうゴメンだよ」


「あの時は楽しかったわ」


「君の香りが染み付いて、誤魔化すのが大変だったんだぞ」


「あら、私をそんな状態にさせたのは、どこのどなたかしら」


「テレサ、落ちついたら、ゆっくり温泉でも行きたいね」


「期待しないで待ってるわ」


「さ、もう行かないと」


「そんな、私をゴミを見るような目で見ないで!」


「ゴメン、ゴメン。君をゴミだなんて思ってないよ。さあ、お別れだ」


「お別れなんて言葉、使わないで。また金曜日、待ってるわ」


「ああ。いつもの時間に、いつもの場所で」


言い終わると僕は、テレサを強引に車のシートから引きずり降ろし、後ろに大きくテイクバックのムーブを取って勢いをつけた後に、テレサをうず高く積まれたテレサの山の頂上目掛けて思いっきり投げつけ、テレサを捨てた。

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