バーチャル探偵あるある

あらかつま

第1話びゃあちゃる探偵あるある!

 ディアストーカー。鹿撃ち帽をご存知だろうか。庇が前後にあり左右の耳あては頭頂で縛られ、ドット柄でしばしば描かれる、ハンティングのお供。シャーロック・ホームズが被っていた、という話もあり牙虎通りの探偵 冴渡有ニ は愛用していた。ちょっとした仕込みもあるし、ママデザインのマスクグラスは重宝していた。様々な場所に…海底から宇宙空間まで…赴くので自力の保険はどんなに掛けても足りない。腰の万能分解ツールや塔デザインの時計等と共にトレードマークだ。

 今、その帽子に取り付けられた携帯トーチは夢の世界を照らしている…映し出されているのは真っ黒な体躯に角、尻尾に羽、のっぺりとした何もない顔が特徴的な悪魔を思わせる巨大なクリーチャーだった!…どうしてこんな事になっているのか、冴渡有ニ=バーチャル探偵あるある は思い返していた…あの雨の日、学生服姿の自称助手…緑頭のヤツから始まったんだーー


 「冴渡有ニさんですか?」 ある11月の雨の日。久々に事務所に訪ねて来るなりヤツは初めて会うかの様にそう言った。「随分と濡れています。体を冷やさない内に」 タオルを手渡す。まだ使っていない、良く行く喫茶店のお年賀。「喫茶店ふかいうみのそこ」のハンバーグは絶品だ。メカクレの店長はいつも優しく僕を迎えてくれる。 「ありがとうございます」 「いえ、肩も濡れている様ですね」ぽんぽんと軽く叩く様に雨の染みを取ってやる。事情があるのは分かる。分かってしまうのだ。この緑髪は 牧遠ノロ。通称は助手マロ。いや、この冴渡探偵事務所に助手はいないので自称、なのだが。投書関係で助かっていたのは事実だ。事件ファイルにもだいたい名前が出て来た。過去形なのは、去年辺りから意識不明になる程の重病にかかり、長らく休養していたから、なのだが…。

 「こんにちは、初めまして。私は牧遠と申します。貴方にたどり着くのにはかなり苦労しました」 そうだろう。バーチャル界は広い。元祖の探偵とはいえ、界隈に探偵はかなり多い。…無論、元祖は僕なのだが。 「かなり奇妙な…冴渡さん、貴方にしか頼めない、解決出来ない、依頼があります」「どうも。冴渡探偵事務所の所長の冴渡です。どうぞ、そちらにお掛け下さい。あ、学生服はこのハンガーをお使い下さい」記憶が無いのは確か。そして雨の中、傘も差さずに来た。急ぎなのか、追われていたのか。微かに腐臭がする…彼の髪の毛、服から。足元の靴に生乾きの泥。土がある場所を雨が降り始めてから通って来たという事は…観察から得られる情報は多い。「まずは依頼の内容を。順を追ってお願いします」雨水を拭き取りソファ…謎の多いお嬢さんから譲られた一級品…にようやく腰掛けた依頼人に温かいコーヒーを出す。ふむ、目を見てくれない。軽く人間不信に陥っているな。 「…ふう」コーヒーを手に取り、じっと見つめている。「まず、私は過去の記憶がありません」なるほどね?頷いて見せ続きを促す。「ここ数日の体験が私の記憶の全てです」「私の最初の記憶は病院の天井。各種のモニターと生命維持の装置でした。随分と悪い夢を見ていた気もします。時間はまだ夜中、早朝の様な時間帯だったと思うのです。何しろ真っ暗で、モニターだけが光っていました」

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