魔獣討伐隊と共に


 “冬の終わり”が始まって十日が過ぎた。俺は母に連れられて、初めての子爵領庁舎に来ていた。庁舎は灰色の石壁で六階建ての建物なのだが、俺とユッテ含むお手伝いさん達は玄関先で、庁舎に入って行った母を待っている。


 そこへ、四台の馬車と十数騎の馬に乗った人達がやってきた。それぞれが赤や青、緑など色とりどりのマントを羽織っている。


 そして皆が馬や馬車から降りると、その中から男女一人ずつが近づいてきた。

 一人は、オレンジ色の髪にたれ目の男性で水色のマント。もう一人は背が低く、ポニーテールをした桃色の髪の女性で赤いマント。

 男性の方が話しかけてくる。


「もしや、貴方がレオンハルト様でしょうか?」

「そうだけど?」


 そう答えると、二人は右手を胸に置き、俺の前で跪く。


「申し遅れました、私はツェーザルと申します。今回の部隊の責任者です。これより暫くの間、護衛の任に付くよう領主様より仰せつかった、魔獣討伐隊の者です。こちらはイーナ、主に女性の隊員をまとめております。王都への往路、復路の短い期間ではありますが、よろしくお願いいたします」

「今、ツェーザルより紹介された、イーナです。我らは魔獣討伐隊故、警備隊の者より礼儀作法に明るくない者ばかりですが、皆、悪気がある訳ではないのです。ご無礼に当たる言動もあるやもしれませぬが、何卒、お目こぼしいただきたく存じます」


 はて? これの何処が礼儀正しくないのか分からないな……?


「母さんから聞いてるよ。暫くの間、よろしくね。俺も礼儀作法に詳しくないし、余程のことが無い限りは咎めたりしないけど、王都に着いたら他領の貴族もいるだろうからそこは気を付けてね。流石に俺や母さんでも庇いきれない人ってのもいるだろうから」

「ハッ、心得ております」


 そんなやり取りを俺達がしていると、背後からくぐもった声が聞こえてくる。振り返ると、ユッテを含む五人のお手伝いさん達が手で口元を押さえていた。


「ちょっと、ユッテ、アタシ何か変だった?」

「フフ……いいえ、特におかしくは無かったわよ。ただ、一生懸命、練習したんだなって思うと、可笑しくなっちゃって……」

「もう、あんだけ練習したのに、間違っちゃったのかと思って焦ったじゃない!」

「アハハ、ごめんね」


 そうして、お手伝いさん達と女性の護衛達が合流して、楽し気に話し出す。どうやら、互いに面識があるようだ。


「やれやれ、女どもは気楽なモンだ。すいません、レオンハルト様、オレたちゃどうにも堅苦しい会話ってものが苦手でして……気に入らないのであれば、できるだけ近寄らないよう指示することもできますが?」

「別に気にしていないよ。気楽に話しかけてくれればいしさ。それよりあの馬は……」

「あ、気付きましたか? 一応、レオンハルト様が道中で退屈になった場合に備えて、乗馬の練習にでもなればと連れてきました」

「ふぅん……」


 俺が初めて牧場に行った時、柵を飛び越えて共に迷子になった黒い馬だ。あれ以来、何故か俺に懐いて来るので、牧場に行くとこの馬で乗馬の練習をする事になってしまったのだ。 


「なんじゃ、お主ら、もう来ておったのか?」


 そこへ、庁舎から出てきた祖父が母と何人かのお供を連れて声をかけてきた。それを見た討伐隊の面々は跪くのだが……


「あ~よいよい、お主らにそういうのは期待しておらんよ。それよりも、レオン、王都では人が魔獣化するなどという事件が起こっておるそうじゃ。ばあさんの話では、騎士団も苦労していると聞く。十分に気を付けるのじゃぞ」

「うん、分かってるよ爺ちゃん。もう何回も聞いたよ」

「それから……」

「もう、お父様、何度、同じ話を繰り返すのです。それでは洗礼式に間に合わなくなりますよ。私がついているのですから大丈夫です。それから、レオ、このペンダントを着けなさい。防寒の魔導具よ、寒くなったら起動させなさい」

「はぁい」


 母から受け取ったペンダントをユッテに着けてもらう。王都は子爵領から見て北西方向にあり、馬車で十日から十五日ほどかかる。

 グローサー領で雪は滅多に降らないが、王都ではそれなりに降るらしい。まだまだ寒い日々が続き、更に寒くなる地方へ向かうのでその対策という訳だ。


「それでは、行ってまいります、お父様」

「じゃあね、爺ちゃん」

「うむ、気を付けて行ってこい。帰ってきたら儂と訓練の日々じゃ、楽しみにしておるぞ! ガハハハ」


 高笑いを上げる祖父にグワングワンと頭を揺らされた後、庁舎前の人達に見送られながら、馬車に乗り込む。

 馬車は領都内をゆっくりと進んでいき、領都を出る橋を渡ると速度を出す。


 結構な速度が出るものだな、と思いながら、座高が低いため、窓際にへばりついて外の景色を眺める。

 初めは移り行く景色を興味深く眺めていたのだが、次第に飽きてきた。変化の乏しい長閑のどかな風景に退屈になって来たのだ。


「ねぇ、ユッテはあの魔獣討伐隊の人たちと、どういう知り合いなの?」

「イーナたちですか? ええと、領都にある学び舎で共に学んだ同世代なんですよ、私たちは」

「学び舎?」

「ええ、私たちの様な庶民の家に生まれた子の殆どが、洗礼式を終えるとそこで、読み書き計算なんかを習うのですよ。そこで知り合ったのです」

「へぇ、領都の子って皆、働いているんだと思ってた」

「仰る通り、皆、仕事の手伝いをしていますが、三日に一度くらいの間隔で、午前中か午後だけ学び舎に通うのです。手伝いと言っても、そこまで本格的な仕事をする訳ではありませんからね。子供の内は割と時間が余ってますから、彼女らとよく一緒に遊んだものです」

「成る程ねぇ……」


 昼頃になると、街道を逸れて馬車を停め休憩時間となった。俺と母は、馬車の中で用意されていたサンドイッチを食べる。

 その外では魔獣討伐隊の面々は男女で別れ、食事や見張り、馬の世話を交代でしていた。お手伝いさん達は、俺と母に付く人と、討伐隊と一緒に食事をする人で別れている。

 楽しげに討伐隊の女性達と話しているユッテの横顔を見ながら、俺は母に尋ねた。


「ねぇ、母さん、俺もあんな風に話が出来る友達ってできるのかな?」


 母は俺の視線の先にいる彼女達を見やると、何やら感慨深げに答えてくれた。


「そうねぇ……私には無理だったし、エリーも領主候補だから無理でしょうけれど、レオになら、できる可能性はあるかもしれないわね。それでも相当、低い確率でしょうけれど……あんな風に、友と語り合って笑い合うほど、貴族同士には交流が少ないから……」

「やっぱり、そうなんだ」

「ディートにはいるのよねぇ……あの人は王都の貴族だから、幼い頃から苦楽を共にしたり、切磋琢磨して競い合ってきた人たちがいる……そんな風に過ごしてきた時間の共有が、友を作る条件なのかもしれないわね。でもねレオ、私はこう思うの。領民がユッテたちの様に笑い合うことが出来るのなら、私たちの存在には意義があるんじゃないかってね」

「そうだね」

「フフ、貴方とエリーは、似ていない様に見えて、何処か似ているわよね。仲の良い姉弟、ということなのかしら? エリーもレオと同じようなことを、洗礼式に向かう馬車の中で尋ねて来たのよ?」

「えぇっ!?」


 何か、気恥ずかしくなった俺は、午後からは暫く乗馬の練習をする、といって馬車を出た。


 何となく察してはいたが、母の話を聞くと、やはりなぁと納得させられてしまった。

 牧場で働いているエドを始め幾人もの子供達は、俺が貴族だという理由からかしこまっていて何処か他人行儀だ。なので平民の子と仲良くなるのは難しい。


 貴族同士では母の言うように、交流が少ないので友情が芽生えないのもあるだろうが、自分の所属する領の方を優先するというのもあるだろう。


 前世では、病弱だったので友人なんて存在しなかった。今世でも出来そうにないのは、俺はそういう星の下に生まれているのかも知れないなぁ……


「馬の調子はどう?」

「おや、坊ちゃん、これから乗馬なさるので? ええ、調子はいいようですぜ? ま、騎乗して試した訳じゃありやせんがね。それでも流石は子爵家の馬って感じで……毛ヅヤもいいし、馬体にもハリがあって筋肉のつき方もいい。何よりケツの感じが……いや、まぁ、ともかくコイツはいい馬ってのは間違いないですぜ」

「ふぅん、馬について詳しいんだね? 調子がいいのは分かったけど、どうにもこの馬って他の馬に比べてデカくない?」

「討伐隊に入っての一年目、二年目は馬の世話ばかりなんでねぇ、イヤでも馬に詳しくなっちまうモンでさぁ。ま、デカく見せようとする馬はイイ馬だってのは、昔からよく言われていやすがね……これだけデカいと、よく走るんじゃないですかね?」


 馬の世話をしている討伐隊の一人と話していると、ユッテがやってくる。


「レオ様、これから乗馬なさるのであれば、こちらをお召しください。魔紋で防寒の効果か出るようになっていますので……」

「レオンハルト様、是非、使ってやってください。ユッテったら自分の旦那を放り出して、レオンハルト様のためにそのマントに魔紋の刺繍を施したんですから」

「ちょっと、イーナ! そういうことはレオ様のお耳に入れるものじゃないのよ!」

「ハハ、ありがとうユッテ。使わせてもらうよ」


 ユッテはこの前の秋の収穫祭が終わった後、結婚した。母と姉はユッテの結婚相手について根掘り葉掘りと聞いていたようだが、俺はなんだか気が引けて、どういった人と一緒になったのか詳しくはない。どうも、幼馴染と結婚したそうだ。


 新婚なのだから、今回の王都行きにはついて来なくてもいいよ、とは伝えたのだが、ユッテは旦那にはいつでも会えるから、と言ってついて来ている。


 好きになった人の側にいつでもいたいから結婚をするものだと思っていたが、どうもそういう訳でもないらしい……この辺りの事情がよく分からないのは、姉が言うように俺が『お子様』だからなのかもしれない。


 ユッテに赤いマントを着けてもらうと、ポカポカとした温かさを感じる。


「レオ様に限っては無いでしょうけれど、もし魔力の使い過ぎで気分が優れなくなった場合、早めに馬車にお戻りください。少しくらい進行が遅れても誰も文句は言いませんので」

「うん、分かってるよ」


 父がそうなのだが、魔紋の刺繍された衣装を着続けていると気分が悪くなる人がいるのだ。魔紋の刺繍に魔力を吸い続けられた結果、気分が悪くなるらしい。


 そういう人は、魔力量が少ないのともう一つ、魔力の回復量も少ないからなのだそうだ。魔力量が少ない、魔力の回復力が少ない、どちらかの特徴がある人は多いが、両方の特徴を併せ持つ人は滅多にいないらしい。

 なので父の場合、寒い時期になると、防寒の魔導具が手放せないのだ。


 父は貴族なので魔石を消費する余裕があるが、平民でそういう人は薪を使って暖を取ったりするらしい。

 ただ、使った暖炉の灰や煤の掃除が毎年大変なのだが、これも考えようで、この灰や煤を農業や何かの商品を作ったりするのに使うのでそれなりの稼ぎになる。

 なので、魔紋の刺繍が平気な人も、冬の間は暖炉を使ったりする。この話を聞いた時、人のしたたかさというのか、へこたれなさに随分と感心したものだ。


 因みに、夏場に身体を冷やすような魔紋の衣装はあまり用いられない。使うにしても短時間だけの利用が勧められている。

 これはあまり身体を冷やし過ぎると風邪を始め、様々な病気に罹りやすくなるからと言われている。


 前世でも身体を冷やし過ぎると免疫力が低下して病気になりやすいとあったので、あながち間違っている訳でもなさそうだ。


「よっと」


 軽く跳び上がって黒い馬に跨る。


「少しの間、よろしくな」


 馬の首筋あたりを軽くポンポンと叩いてやると、ブルルッと馬が答えてくれた。

 そうして、出発の時間になると、母が乗っている馬車の後を追うように馬を走らせる。


「レオンハルト様、乗り慣れてますね? 結構、上手いじゃないですか」

「いや、俺が上手いんじゃなくて、この馬が賢いんだよ」


 魔獣討伐隊の男性達の隊長、ツェーザルが俺の横に馬をつけ話しかけてくる。

 俺の乗馬の腕はホントに大した事がなく、この馬が俺のちょっとした手綱の操り方で、行きたい方や速度を察してくれるので特に苦労はしない。

 多分、この馬に乗っている限り、俺の乗馬の技術は上達しないのであろう。


 そうやって暫く馬を走らせていると、次第に寒くなってきた。流石にユッテのマントだけでは持たなくなってきたのだ。

 そこで俺はペンダントの魔道具を起動させる。すると薄い空気の膜の様な物が俺の身体を包み込み、冷たい風を防いでくれた。おかげで寒さを感じなくなった。


 木の柵で囲われた、幾つかの村や集落の前を通り過ぎ、何度も領都方面へ向かう馬車や護衛達とすれ違うと、やがて陽が傾き、空を紅く染め始める。

 そして、少し大きな丘を越えると、夕日と大森林を背に石壁で囲まれた大きな街が見えた。

 今夜、宿泊するヴェステンの街だ。



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