湖畔に佇む人
深夜の暗い森の中、変身した俺は猿型の魔獣を追っていた。
木々の枝に飛び移る猿は時折、こちらに向かって拳大程の石の魔術を放ってくる。
ベルトの左側に装着した銃を引き抜き、引き金を絞る。銃口から赤い魔力の光線が放たれ、石の魔術を撃ち落とす。
更に追加で三発、猿を狙って引き金を引くが、猿は素早い動きで隣の木の枝に飛び移る。外れた光線が、猿がいた背後の木に穴を開けた。
“フォトンブラスター”と名付けたこの銃は文字通り光線を放つのだが、実際の光速とは程遠い速度である。光の速度は一秒で地球を七周り半するというが、それがどれ程の速さなのか俺の想像力ではイマイチ掴めなかった。
また、拳銃やマシンガン等の実弾を伴う武器も理屈は分かるのだが実現できずにいた。火薬を用いて弾丸を撃ち出し、ライフリングという螺旋状の溝により貫通力が増す等の知識はあるのだが、この中途半端な知識が逆にイメージを阻害するのだ。
例えば、リボルバーと呼ばれる回転式の拳銃なら、引き金を引くと撃鉄が下りて、薬莢のお尻を叩いて火薬が爆発し弾丸を発射する。
でも、なぜ引き金を引くと弾倉が回転するのだろう?
そんな風に、色々な銃の内部構造、マガジンの取り換え機構、照星やダットサイト等の仕組みに考えが及んでしまい、俺の手に余ると認識してしまったのだ。
このままで正確に動作するはずが無いと意識してしまい、外観だけが具現化され、機能しないのである。
そこで特撮やSF映画であるような、CGを使った銃から出る光線の方がイメージが掴みやすかった。人の動体視力で
猿が木の上から石の魔術を数発連射して、後方の木へと飛び移る。
俺は一部の魔術を撃ち落とすと木の幹を蹴り、隣の木へ、更に隣の木へと飛び上がっていく。
枝から枝へ飛び移りながら、フォトンブラスターで猿を狙う。
これが、案外難しいのだ。
自分の足場を確認しつつ、相手の行動も見逃してはならない。慣れない頃は自分の足場を見誤って樹上から落ちたり、足場を気にするあまり相手を見逃したりしていた。
今回は狙い通り、猿が枝を掴もうとしていた手に光線を当て落下させる事に成功した。
俺は即座に木の幹を蹴り落下する猿に向かって、急降下する。
左手に持ったブラスターをベルトに収めながら、右手でベルトの後ろに付けている二本の内の一つ、機械の様な筒状の物を取り出しスイッチを入れる。
ヴォンと筒の先から赤い魔力の刃が形成され、左手でベルトの前部に嵌めているスマホに触れる。
「
スマホから音声が流れると、ベルトから生じた魔力の塊が、脇腹から、肩、肘、手首を通り、剣の柄である筒に流れ込み、紅く魔力の刃の輝きが増す。
「ハァッ!」
着地した猿に向かって振りかぶった剣を振り下ろすと、肩口から胴の下まで真っ二つに切断する。
「ふぅ」
“フォトンブレード”と名付けた剣で、猿の魔獣の死体をザクザクと突き刺していく。やがてカツンと硬い物に剣の先が触れると、そこに向かって力強く剣を突き刺した。すると魔獣の死体がボフッと灰化する。
本来、魔獣を倒すと皮や肉、そして体内にある魔石が残り、それを加工したりして再利用するのだが、こうやって体内にあるうちに魔石を壊してしまうと灰化するのだ。
俺自身、皮や肉は必要ないし魔石を持ち帰っても、どうしたのかと根掘り葉掘り訊かれるだろうから持ち帰る訳にもいかない。そのまま捨て置いてもいいのだが、捨てた魔石を他の魔獣が得る事で強力な魔獣になるかもしれないので、壊す事にしていた。
魔獣発生の原因や仕組み、その生態は未だ解明されていないそうだ。唯一分かっているのは、街や村、集落等の人々が集まって生活している場所では発生しないらしい。
なので、魔獣が他の魔石を得たからといって、強力になるかは分からないのだが、用心の為に壊しているだけだったりする。
俺は黒い外套を具現化すると羽織り、フードを被る。角に引っかかるがそれでも無理やり被ると、木々の間を駆け抜けて邸への帰路に着く。
変身を解かないのは、仮面の機能に暗視能力を付与しているからだ。なので真っ暗な森の中でも自由に戦えるのである。
祖父との訓練という名の遊びを禁じられてから、一年以上が経ち、俺は五歳になっていた。
この世界、いや国かな? では春になると皆一斉に一つ年を取る。日本でいう数え年みたいなもので、少し違うのは、日本では生まれた時に一歳とするが、ここでは春を迎えたら一歳になる。だから、誕生日というものは存在しない。
面白いのが、冬生まれの子は春に生まれたとする風習があって、春生まれの子は少し多いらしい。一年近く誕生の時期が違うので冬生まれだとするのは損なのだとか。
因みに俺も姉も夏生まれである。
そもそも暦が少しあやふやなのだ。
この国にも春夏秋冬という四季の概念があり、人々は一つの季節を三つの時期に分けている。春の始まり、夏の半ば、秋の終わりという具合に。
十二の季節の内、一つの期間は約三十日程とされているが、夏の終わりと、冬の終わりだけ期間が長くなったり短くなったりする。
これは王都の役人が、日の出と日の入りの時間を測り、昼と夜が同じ時間になる日を予測するからである。その予測された日が日本でいう春分、秋分の日に当たり、こちらではそれぞれ、春の始まり、秋の始まりの初日となる。
更にその情報をいくら速いとはいえ、馬で各領地に伝えていくので、場所によっては春の始まりの日を過ぎていた、なんて事もあるらしい。
それでも、十日近く、長くなったり短くなったりするのは、現代日本の様に正確な時計や観測方法が確立されてないからかと思っていたのだが、姉によると、
「権力と、癒着と、カネの臭いがプンプンするわ」
と言っていたので、そういうものを利用して良からぬ企みをしている者もいるのだろう。
「注意。魔力を検知しました」
スマホの忠告に足を止める。
「距離は?」
「北西に、436リロ。警告。おかしな魔力反応です」
リロというのはこの国の長さの単位で、1リロ約0.98メートルである。姉と二人でスマホの縦の長さが14センチだと仮定して、測った結果そうなった。姉は面倒くさいから1メートルでいいわ、と言っていた。俺もそれでいいと思っている。
側に生えている大きな樹の上にそっと登っていく。
ここは邸の自室から見える、大きな湖の側にある森で、俺は三日に一度くらいのペースで深夜に抜け出しては、鍛錬や必殺技の実験なんかをしている。
時々魔獣に襲われるので、スマホに魔力検知の機能を加え、警告するように設定していた。
意外と役に立つのが、巡回中の警備隊も検知してくれるので、見つからず行動するのに大いに助かっている。
「おかしな魔力ねぇ……」
枝と葉っぱの隙間から湖の方へ視線を向ける。
月が薄い雲に隠れて心許ない明かりの下、湖の畔に灰色ローブでフードを被った人物が一人立っていた。
この仮面の暗視モードはモノクロではなく、カラーで視えるので色の違いは分かる。それでも遠すぎて、男性か女性か顔つきまでは分からず、かろうじて、体格から成人している人物だろうと思われた。
「どういう風におかしい?」
「あの人物から、複数の魔獣の様な魔力が検知されました」
「ふぅん、もしかすると強力な魔導具を幾つも持ってるのかもしれないな」
お湯を沸かしたり、火を熾したりする魔導具があるのだ。強力な武器になる様な魔導具があっても不思議ではない。
ましてや魔獣が闊歩する世界である。護身用の武器を携帯するのは当然だろう。
暫く様子を見ていたが、ジッと突っ立ったまま湖の中心の方を見ているだけなので、俺はそろそろ迂回して帰ろうとした。
すると、フードの人物が何やらごそごそと動きだす。そして何か細く短い棒の様な物を手に頭上へ掲げると、その上にその人物の頭より一回り大きい位の火の玉ができあがる。
棒を持った手を振り下ろすと、ゆっくりとした頼りない速度で、フラフラと火の玉が湖の中心に向かって飛んでいく。
火の玉が湖に着水すると大きな水柱が立ち、ほんの少し遅れて、ドォン! という大きい音と衝撃が響き渡る。
「ヤバ!」
森の中の鳥達が一斉に飛び上がり、眠っていた動物達が起き出して活気づいた雰囲気を感じた。
あれが水蒸気爆発というものだろうか?
いや、今はそんな事はどうでもいい。今の音を聞いた巡回中の警備隊が絶対に様子を見に来る。
俺は出来るだけ音を立てないように、素早く樹から飛び降りると森の中へ引き返し、迂回ルートを辿って邸へと向かう。
過去、民家だと思っていた建物に、数人の人が集まっている様子が遠くから窺えた。本来は、巡回する人達の交代や待機の施設だったり、馬や馬車で湖に来た人達が乗り物を預ける為の施設であった。
俺は出来るだけ身を低くして通り過ぎる。
邸の壁に飛び乗り、中の様子を窺い庭へ降りる。
気分は『ミッションインポッシブル』である。あのテーマ曲を頭の中で流しつつ、俺は梯子を具現化する。梯子を俺の部屋がある窓の下に付けると、そっと登っていく。
母や姉が過ごす部屋がある北の壁側にはベランダがあるのだが、俺や父の部屋がある南側には何故かベランダが無い。
毎回、もう少しスマートな方法で戻れないものかと思案するのだが、良いアイデアも無く、部屋の窓のヘリにぶら下がり、梯子を消す。
そっと窓を開け、部屋の中を覗き、誰も居ないのを確認すると部屋の中に入る。映画の様にスマートにはいかないようだ。
黒い外套を消し去り、変身を強制解除する。強制解除とは単純に変身中のスマホを消し去るだけだ。普通に変身解除するモードもあるのだが、それを行うとスマホが喋っちゃうからね。今のところそんな場面が無いのが悔やまれる。
寝間着に着替え、ベッドのかけ布団を捲り丸めておいた
一応、身代わりのつもりで毎回ベッドの中に入れているのだが、魔力症が終わってからは誰も夜中に様子を見に来ていないような気がする。気がするだけで真相は分からない。
俺の人形でも具現化して身代わりにできればいいのだが、離れすぎると魔力の供給が絶たれ具現化した物が消えてしまうのだ。
想像力さえあれば何でも実体化できる具現化の魔術だが、万能ではない。
翌朝、お手伝いさんに起こされ朝食に向かう。
最近では、昼まで寝続ける事は無くなった。恐らく潜在意識下で、これ以上やると危険だというブレーキの様な物が働くようになったのだろう。
ただそれでも、限界を超えてでも鍛錬すればかなり成長するのではないか? と思ってはいるのだが、周囲の状況がそれを許してくれそうにない。
洗礼式が終わるまで我慢するしかないようだ。
食堂に着くと俺しか居なかった。
そろそろ戻ってくると聞いてはいるが、母と姉は洗礼式の為、王都に向かっていて居ない。
祖父と父はどうしたのだろう? と、お手伝いさんに尋ねてみる。
「何でも昨夜、不審な人物が見つかったそうで、その人物の取り調べだそうです」
「不審な人物?」
「ランヴィータ湖で見つかったそうですが、詳細は私には……」
「ふぅん」
昨夜見かけた、灰ローブの人物だろう。火の玉を湖に放り込むのは何か法に触れるのだろうか? よく分からんが、俺が気にしても仕方ないか。
朝食を食べ終えると、庭に出る。
俺達が暮らす本館とは別に、小さな別館があり、そこにお手伝いさん達の自室があるそうだ。中に入らせてもらえないのは男子立ち入り禁止だからと言われた。
警備隊の人達は本館の一階に休憩所があるだけ。
基本的に皆、領都と呼ばれる近くの街に自宅があり、そこからの通いで勤めているのだが、お手伝いさんの殆どは別館で暮らしているそうだ。
例外はお手伝いさんの代表マーサと祖父の秘書ベルノルトだけが、本館に自室を持っている。
邸の裏庭にあたる場所はかなり広く、学校の運動場以上の広さがある。前世で病弱だった俺には、行った事の無いドーム球場何個分の広さ、みたいなのはピンと来ないのだが、野球やサッカーなら余裕でできそうな広さがある。
そこで非番の人達が男女関係なく、剣や槍を振り、弓を引き絞り、魔術を放つ、といった訓練を行っているのだが、今日は一人もいなかった。まぁそういう日も多々ある。
俺は裏庭の端をゆっくりと走り出し、ついて来たお手伝いさんはテーブルに着く。
以前、俺が運動する為について来たユッテに、突っ立ったまま俺を見ているだけというのも辛いだろうから、椅子を持ってきて座っていれば? と問い掛けると、仕事ですから、と断られてしまった。
そこで母に交渉し、椅子とテーブル、喉が渇いた時の飲み物を用意してくれるよう頼んだ。そして、お手伝いさん達に俺が運動している間、座っていても咎めはしない、と約束してもらった。
そうしたらいつの間にかテーブルが増えていて、訓練中の人達が休憩するようになっていた。皆、喉が渇いたり少し休憩したい時に、わざわざ自室や休憩所に戻るのは面倒だったらしい。
最近の俺は、ゆっくりとしたペースでもいいから出来るだけ長時間、走れるような訓練をしていた。
祖父が、魔術を使うのには身体を鍛え体力をつけるべし、と言っていたが身体を鍛えるにも色々な方法がある。
腕立てや、腹筋運動で筋力をつける、単距離ダッシュを繰り返して瞬発力をつける、呼吸を止めながら運動し心肺機能を高める、等々。
俺の場合、魔力を込めれば筋力や瞬発力は得られる。大事なのは変身状態で長く動き続けられる持久力だと思うのだが、これでいいのかどうかが分からない。
昼食時までの運動を終え、汗を拭き着替えを済ませる。昼食は一人自室で済ますか姉と一緒にとる事が多いのだが、今日は珍しく父が邸に戻ってきた。祖父と父は領都で仕事をしているので、昼食はそちらでとっているそうだ。
「レオン、悪いけど二、三日の間、自室で待機していて貰えないかな?」
「どうして?」
「明日か明後日に面倒なお客さんが来るんだよ。洗礼前の子は他の貴族にその存在をばれない様にするものなんだ。何かあっては困るからね。昔からの習慣で、多分、魔術を扱えず自衛手段を持たない幼い子を守る為の物なんだと思う。君は例外だけど一応ね」
「うん、分かった。それはそうと、怪しい人の件は解決した?」
「怪しい人?……あぁ、その人が面倒なお客さんの先触れの使者だったんだよ」
面倒な客というのは一体どんな人物なのだろう?
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