幕間・エリザベート最強伝説
『エリザベート最強伝説』
著 ユウテン・ナニネン
悪魔の微笑み、暴風の魔女、天の嘆き、紅眼の悪鬼、無慈悲の魔王、破壊の女神……等と様々な二つ名で呼ばれる彼女だが、我等が最も慣れ親しんだ愛称は『最強』この一言に尽きるだろう。
「またお前は! 今度こそ最強のエリーがやって来て、お前を何処かへ連れて去って酷い目にあわせるぞ」
こんな風に幼少の頃、両親や祖父母、或いは身近な大人達に叱られた経験がある者は少なくないであろう。斯くいう筆者もそうであった。
何故、私が彼女に興味を持ったのか、語り尽くせばキリが無い程に語れるのだがここでは割愛しよう。諸君等には私に興味など無いであろうし、私もチラシの裏にでも書いておこうと思う。
ただ『最強のエリー』事、エリザベート・グローサーに於いて、過去多くの書物、著書、研究論文等が発表されたり販売されたりしているが、推測、憶測は言うに及ばず、最早、妄想甚だしい物まで最近では出回っている。そこで、私が長年研究してきた、出来る限り真実に近い、ありのままのエリザベートの姿を伝えようと、筆を執った次第である。
決してあのアホ作家に揶揄されたからでは無いとだけ記しておく。
さて、エリザベート・グローサーが公の場に初めて現れたのは、七歳の洗礼式である。
それ以前の彼女の生活は未だ謎に包まれており、グローサー家が引き取った孤児である、王家の隠し子である、グローサー家の長子を殺害して自身がその立場を得た等々、様々な説があるがどれも信憑性に欠ける。
しかし、エリザベートならそんな事もあり得るのではないか? と思わせるのが彼女の魅力でもあり、欠点でもあるのだろう。
私から言える事は唯一つ。
「彼女は『才覚者』では無かった」
え!? と思われた読者は多いであろう。多くの書物や諸説では彼女は才覚者であったとされている。そうでなければ説明がつかないとする説が多いのだ。
彼女について初めて調べてみようと、この書を第一に手に取ってくれた読者の為にも当時の状況から説明しよう。
今では七歳になるとその者の親、或いは保護者が役所に申請して、都合の良い日に行う魔力検査であるが、時折、魔力検査の前に魔力を扱える子供が現れる。こういう子供を才覚者と呼び、多くの英雄、天才がそうであったと我々は知っている。
一説によると、魔力症を抑える医薬品を与えられなかったのでは? と言う話も聞くが、私は医師ではないので真相は不明である。
ただ、この医薬品によって我々の魔力は昔の人々に比べ随分と低くなったのではないか、という説には納得のいくものがある。昔の書物を紐解くと到底、今の我々では成しえないような事を一般人が行っているのだ。
しかし、親として我が子が苦しむ姿を見るのは忍びなく、また、多くの者が魔力症で亡くなっている事を踏まえると、親として医薬品を与えるのは当然であろう。私も若い頃は両親を恨んだものである。もしかするとエリザベートの様に成れたかもしれないのに……と。
もし、この書を子を持たない若い人が読んでいるのなら、いつの日か子を持った時に理解するであろう。親は子に、英雄や天才等求めていないのだと。唯々、健康に育って欲しいのだと。
話を戻そう。
当時は神殿で多くの子供達を集め、一斉に魔力検査を行っていた。それが洗礼式と呼ばれる儀式である。今よりも子供の総数が少なかったから行えたのであろうが、別の側面から見ると、これは神殿の権威を高めるための行事であったと言えよう。
神の話では――神に感謝を――神に祈りを――等と小難しい説法をする事で、人々の関心を集めていたのである。今ではあまり馴染みのない行事ではあるが、当時の人々は日常的に神殿へ参拝していたようだ。
その神殿の権威をぶち壊したのはエリザベートであると言うのは余り知られていない。いや、後年の彼女が行った神殿の権威を地の底に叩き落したのは有名で、“政教分離”の考え方が出てきたのも、彼女の影響だと学園の授業で習ったのは諸君も覚えているだろう。
実はこの七歳の洗礼式に於いて既にその兆候があったのだ。まぁ洗礼式で彼女が破壊したもう一つの物……魔力検査機の方が有名なのは仕方がない。
今では被験者に余り負担が掛からず行える魔力検査だが、当時は数日間掛けて行うものだった。
現存する当時の魔力検査機は国立魔術研究所に展示されている物しかなく、社会見学の折に見た者もいるだろう。敢えて説明すると、真球状の透明な水晶に触れると、魔力が引き出され魔力量によって光度が増減する。
光度が強いほど魔力量が多いとされ、当時はこの魔力が引き出される感覚を切っ掛けに魔力の扱いを覚えた。また、自身の限界まで魔力を引き出すので、後に徐々に回復する魔力でも感覚を掴むというものだった。
研究所の職員に本当に光るのかと取材したところ、四人で四方からそれぞれ手を触れ、魔力を限界まで送り込んだが、淡く光っただけだったという。
職員はもう古い物ですから等と言っていたが、子供が光らせていた物を、大人四人で淡く光るだけというのは、やはり我々の魔力は低下しているのかもしれない。
因みにこの真球の水晶、現在の技術では創り出す事が不可能な代物であると追記しておく。
当時の平民は大きな街にある神殿で魔力検査を行っていた。大きな街の近隣の村に住む者は街までわざわざ出向いていたのだが、遠方の村々では魔力検査は行われず、それぞれ独自の洗礼式を行っていたようだ。それが今に残っている地方の祭りの名残である。
当時の旅は今と比べてかなり危険で、魔獣の被害があったのは言うまでも無く、盗賊や山賊等の治安の悪さも相まって旅をするというのは気軽に行えるものではなかった。故に魔力検査を受けず、そのまま生涯を終える者も少なくなかった。
では、貴族はと言うと、現在では古都として有名な観光都市レーベンリッヒに集められていた。当時は王国の首都、王都であったこの都市の神殿で洗礼を受ける事で、初めて貴族の子供だと認められたのである。
洗礼を受けるまではどうしていたのかと言うと、例えば馬車に子供が引かれ大怪我をした時、洗礼を受けた子であれば治療を施したが、洗礼を受けてない子はそのまま捨て置かれた。
今では考えられない風潮だが、洗礼を受ける事で人として認められていたのである。
なので、貴族の子は家で大事に育てられていた。当時の貴族が、幼少の頃の話をあまり残していないのは、大して面白くもない退屈な日々を送っていたからだろう。
平民の子はというと当時では子供でも貴重な労働力であったようで、幼い頃から簡単な仕事はしていたようである。
当時の状況が何と無くでも掴めただろうか?
さて、実は今、私の手元にはある人からの伝手により得る事の出来た、当時の王都の神殿で働いていた人物の回顧録がある。
それほど重要な役職に就いていた人物ではないので放置されていたのだが、当時の風潮や習慣を知るには大いに参考になる。
ただ古い言い回しや、現在では使われていない言葉遣い等が多く、現代風に訳すのに手間取っている。
無論、何の脈略も無く、私が回顧録を手に入れたのを自慢する為にこの様な事を書いているのではない。この回顧録にエリザベートの洗礼式の様子が書かれていたのだ。
未だ全文を訳せていないので発表はまだまだ先になるだろうが、この書を手に取ってくれた諸君には特別に、私が古文の授業を真面目に受けていれば……と後悔しながら訳した一部をご紹介しよう。
『――前略――
そうして、私は子爵家最後の御一人、エリザベート様をお迎えに上がったのでございます。
淡い金髪に、きりっとした紅い瞳、幼いながらに可愛いではなく、既に美人とも言える面立ちでございました。
御召し物は一風変わっておりまして、多くの貴族の方が着ておられるヒラヒラとした煌びやかな物ではなく、単純な意匠で服の部分と腰巻の部分とが一体となっている物でした。
上等な白い生地で誂えたであろう衣装は、腰巻の部分が少し短く膝が見えそうな長さでしたが、肌着が見える事は無く、また、素肌を晒さないようおみ足にはピタリとした黒い物をお召しになっておいででした。
「随分と待たせるわねぇ……」
エリザベート様は少し苛立っておいででした。この様な苛立ちを向けられる事は珍しくありませんでしたので、私も慣れたものです。頭を下げ謝罪の言葉を口にしようとした時、声が掛けられました。
「エリー、案内の者に噛みついても意味が無いでしょう。それより早く終わらせてきなさい」
「はぁい、お母様」
エリザベート様を諫めてくださったのは、彼女の母君でした。エリザベート様と同じ淡い金髪の容姿ですが、彼女とはまた違った方向の美人でございました。
温厚、柔和、穏やかな雰囲気を纏ったこの様な女性から、エリザベート様の様な方がお生まれになるのですから、世の中というものは不思議なものでございます。
案内の途中、私は気になっていたエリザベート様の御召し物について尋ねてみました。
「これ? これはワンピースといって着たり脱いだりするのがとても楽なのよ。貴族の服って無駄な装飾が多くて、着るのに手間取るし、動きづらいでしょ。その内、流行るかもしれないわね?」
この時の私は変わったお嬢様だな、等と思っておりましたが、数年後、本当に流行りました。貴族の方々にではなく、一般庶民の間にでしたが。
今では多くの女性がわんぴいすを着ているところから、既に先見の明があったのだと窺えます。
そして、洗礼の儀式の場に着き、そこであのような事が起こったのでございます。
司祭様が神にお祈りをするのでその場に跪きなさいと仰ったのですが、エリザベート様は反論なさったのです。
「お祈りなんて無駄な事をさせてるからこんなに時間が掛かってるのよ。いいからさっさと魔力を測らせなさい」
「な……! 神を冒涜するおつもりか! 神に祈りを捧げると言うのは……」
「私が冒涜してるのは、神じゃなくてアンタ等、無能で威張ってるだけの聖職者という詐欺師どもよ」
「我等を詐欺師呼ばわりとは、神より罰が当たりますぞ!」
「あら? 面白いわね。いいじゃない、その罰とやらを起こしてみてもらいましょうよ?……おやおや? 何も起こらないんですが? どうやら神はアンタ等を詐欺師呼ばわりしても全然平気みたいだだけど? 詰まる所これは神がアンタ等を詐欺師と認めたということかしらね?」
司祭様はお顔を赤くさせたり青くさせたりしておりました。学のない私でもエリザベート様の仰る事は暴論だと分かります。しかし、あんなに賢い司祭様が言い返せない様でした。
「全く……麦の一粒作るでなし、釘の一本打つでなし、口先だけのアンタ等がそんなにブクブク太ってるのはどういう訳? 農業や狩猟、牧畜に携わっている人のおかげでしょうが。神でなく先ずその人達に感謝すべきでしょう? しかもその口先から垂れる言葉が、吟遊詩人や大道芸人の様な人を楽しませるものでなく、神を騙って人々から搾取するだけの者を詐欺師と呼んで何がおかしいのかしら?」
そう仰ったのを今でもよく覚えております。何故ならそのお言葉が私の人生観を変えたのでございます。
確かに麦を作る、釘を打つ、人々を楽しませる何かを行う、そんな風に生きた方が人として価値があるのでは、と今となってはハッキリと言葉にできる考え方が、あの頃の私にぼんやりと芽吹いたのでございます。
そうして、エリザベート様は司祭様の侍従に命じて魔水晶を持ってこさせました。
普段は神にお祈りを捧げてから魔水晶に触れるのですが、エリザベート様は無造作に魔水晶に触れました。
その瞬間、魔水晶は強い輝きを放ったのです。私は幾人もの貴族の方が魔水晶に触れるのを見てきましたが、これほど早く強く輝かせる方を見た事はございませんでした。
「ふぅん、これで魔力を測るってわけ……ああ、成る程、あの子の言ってたのはこういうこと……となると、こうかしら?」
そう仰ると、更に強く魔水晶が輝きました。そして、目も眩む程の強い輝きの中バキンと言う音と共に強い風が起こり、輝きが収まりますと魔水晶が粉々に砕けていたのです。
「あらあら、脆いわねぇ……ま、これぞテンプレってところかしら? そこのアンタ、新しいのを持ってきなさい。あそこで記録を取ってる神官が困ってるでしょう?」
てんぷれの意味がよく分かりませんでしたが、記録を取っていた神官様が困惑しておられたのはそういう意味じゃない、と口から出そうになりました。
その後、更に二度同じ光景を私達は見る事になりました。粉々になった魔水晶を目の前に、司祭様は茫然としておいででした。
もう魔水晶は神殿に残っていないと司祭様の侍従が告げると、エリザベート様は少し残念そうにしておいででした。この方は魔水晶が幾つあっても壊す気だったようでございます。
そうして、後日測る予定だった属性魔水晶を持ってこさせたのです。
司祭様は魂が抜けたようになっておいででしたので、その場で次に身分の高い記録者の神官様が、こちらは神殿に一つしかないものなので、壊さないよう少し輝かすだけで結構です、と懇願されました。
「あら? 神官なのに諸行無常って言葉を知らないの? 形あるものいずれ壊れる物なのよ。そう思うと世の中って儚いわよねぇ?」
そう仰って微笑まれました。今思えば子供の無邪気な笑顔の様にも思えますが、あの時の私には悪魔が微笑んでるように思えたのでございます。
その後、火、氷、風、土の魔水晶を次々と壊していったエリザベート様の手が止まりました。
「あ~雷かぁ……ちょっと苦手なのよねぇ。ま、これは見逃してあげるわ」
そう仰って、最後の水の魔水晶を壊すと満足そうにしておいででした。
「ほら、何ボーっとしてるの? ちゃんと記録を取りなさいよ。……ちょっと、測定不能じゃないでしょ! 魔力水晶三つ、属性水晶五つ、破壊したって書きなさいよ! 全く、杜撰なんだから……」
普段、私達にお説教する神官様が、エリザベート様に掛かると子ども扱いでございました。
エリザベート様と一緒に控室に戻る際、お迎えに上がった時とは打って変わってご機嫌な様子で鼻歌など口ずさんでおいででした。
そうして、私達は翌日の洗礼式に対応する為、右往左往する事となったのです。
――後略――』
如何だったろうか? 多少誇張された表現を含むところが見受けられるが、エリザベートの傍若無人ぶりをよく表現している様に私は思えた。
惜しむらくはもう少しエリザベートに問い掛けて、その真意を確かめて欲しかったところか。
ただ、それでも先程、私がエリザベートは才覚者ではなかったと書いた理由は御理解いただけたと思う。
『あの子の言ってたのはこういうこと……となると、こうかしら?』
この発言から、あの子というのが誰であるのかは不明だが、恐らく魔力検査を終えた友人だったのではないだろうか? その人物から魔力検査の様子を訊いていたエリザベートは、自身の流れる魔力を感じ取り、即座に魔力の扱いを理解したのだ。
才覚者ではないが、ある種の天才と言ってもいいだろう。
そして、この回顧録から新事実が判明した。我々は魔力検査機を壊してから数日後、属性検査機も破壊していたのだと思っていた。だが、同じ日に両方壊していたのだ。
どれだけの魔力量があったのか……いやはやエリザベートにはまだまだ興味が尽きない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます