第一章(完)
この日以来、優はあまり悩まなくなった気がする。周囲の不良生徒たちも、彼女の変わらない毅然とした態度に、付け入ることができなかった。前一緒にいたけれど離れていった女子生徒たちが、優のもとに戻った。彼女は一時距離を置かれたことについて、けして咎めたりしなかった。
長距離の部、最後の駅伝大会は、地区大会で見事に敗れた。栄太は三区を走ったが、思い通り走ることができなかった。それでも、走ることの気持ちよさが栄太の胸にさわやかな風として吹き込んでいた。もう、しばらく、走れないな。高校に入るのが、待ち遠しい。部活の引退式があったが、そのとき栄太は一人だけ涙を流さなかった。
それから高校入試当日までのことは、勉強に容量を使いすぎたのか、あまり栄太の記憶になかった。勉強に集中する優の引き締まった顔を独り占めしている嬉しさと、日に日に成績を伸ばし、見違えるようだと教員たちに褒められたことぐらいしか憶えていない。優の成績は伸び悩んでしまったが、A高の入試には問題なく対応できる学力はすでにあった。二人とも大丈夫。お互いの担任のお墨付きだった。
受験先の高校まで、電車で行く。兄の送迎で二人で街に一つだけの駅に着いたとき、同じくA高を受ける片田の姿が、もうあった。彼は早くからA高を意識してはいたが、学力があまり伸びないまま出願期間が来た。
「頑張ろうな」
その片田に、緊張した様子はなくて、栄太は感心してしまった。この先彼が何と戦うにしても、立ち向かっていけるだろうとまで思った。
三人で駅のホームをくぐり電車に乗った。座席で暗記事項をまとめたプリントを確認しながら、揺られること二十分ほどで、山間を貫くトンネルに入る。暗い真っすぐのトンネルの中だと景色は変わらず、なんだか時間が止まったように感じられた。退屈ではなかった。これから毎日通うであろう、そうあってほしい光景だった。
月日の流れは何か得体のしれない、もしかしたら人間の知ることのできない何かが走っているようなものだとしたら、と栄太は考えた。だとしたら、そのなにものかは公平だ。何にもまして公平な存在だった。なにものかの駆け抜けていった時間の中で、僕たちは走るのだ。なにも、タイムを計る競技だけではない。僕たちは、僕たちの人生を走るのだ。
その隣に優がいてくれたら、それ以上のことはない。
トンネルの先から、光が兆した。A地方の平野部の広がりが、車窓から眩しくたっぷりと見えた。栄太は手元のプリントから目を離すと、その景色と光の差し込みにしばらく目を奪われた。
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