第18話 フェブラリータウンからの手紙 9
親愛なるオリヴィアへ
フェブラリータウンのイーグルスホテルで、わたしとルイーザは同じ部屋で、アデリン叔母さまはとなりの部屋なんだけどね。
夜中にいきなりアデリン叔母さまがわたしたちの部屋に入ってきて、ルイーザをたたき起こしたの。
クトゥルフについて教えろって。
夜中にいきなりよ?
ルイーザは落ち着いてたわ。
訊かれたから答えますって感じで、淡々と話し始めたの。
考えてみればどうしてもっと早く訊かなかったのかとも思うけど、こんな子供がそんなもののことを知っているわけないっていうか――
ううん、知らないでいてほしかった――
訳知り顔をしているだけで、本当はそんな恐ろしいものに深く関わってなんていないって信じていたくて――
これも違うわ。
認めたくなかったの。
訊くのが怖かったのよ。
でもアデリン叔母さまは、わたしが知らないうちに覚悟を決めていらした。
クトゥルフについてルイーザが言っていたことを、思い出せるだけ書いてみるわね。
まずは――
「名状し難きモノ。
だからわたしが『ナニナニに似ている』『ナニナニのようなもの』と言ってもそのままだとは思わないで。
地球にあるモノの中で近いと言えなくもないモノの名前を無理やり引っ張ってきているだけなのだから」
「邪悪なドラゴンの頭部を、おぞましき海洋軟体生物にすげ替えた姿をしている――と言えなくもない」
「タコなんて可愛らしいモノじゃあないわ。それでも我々はソレをタコに例えることしかできない。
まあ、タコにもいろんな種類がいるし、タコに見慣れていなければじゅうぶん怖いでしょうけどね。
地球上の生物に、アイツと少しでも似た部分のあるものが紛れ込んでいるってだけで奇跡なのよ」
「凶暴な邪神よ。我々風の言いかたをすればだけど。
そんな概念など届かない闇の空のはるか彼方より飛来せし存在で、人類なんてものが誕生するはるか以前から、我々の知るよしのない種族によって神として崇められてきた」
「クトゥルフがよみがえれば、そうね、キャロラインみたいなタイプは生け贄にされるわ」
「アデリン叔母さまは、運が良ければ奴隷かも。
ほかの人間をクトゥルフへの生け贄として集め、運ぶ、奴隷」
「奴隷頭って器じゃなさそうだけど」
「でもね、そういう人ほど奴隷頭の座を目指して争うのよ」
「絶望って、ただ絶望する以外に何の選択肢もなくなるってことよね?
クトゥルフが復活した世界では、ろくでもない選択肢が最高のものに思えてくるの」
クトゥルフ。
インスマウスの港町で聞いた名前。
ルイーザが言うにはインスマウスの人たちはまさにクトゥルフの奴隷で、クトゥルフの復活のために尽力した奴隷は、のちの世界で奴隷頭にしてもらえるんですって。
奴隷になれば自分が生け贄にされる恐れはなくなって、奴隷ですらない人たちを生け贄にできる。
奴隷頭は奴隷たちの上に立てる。
だからってそんなものをわざわざ目指すなんて理解できないわ!
タコもドラゴンも本物なんて見たことないけど、そんなのに従うなんて、クトゥルフってそんなに恐ろしいものなのかしら?
目が冴えちゃったんでこんな手紙を書いているけど、今はまだ夜中。
アデリン叔母さまは自分の部屋に帰っちゃったわ。
ルイーザはぐっすり眠ってる。
朝になったら三人でもっとじっくり話してみるわね。
キャロラインより
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます