大罪人
紀之介
救いようがない
「これが…今回の 君の任務だ」
<大天上使>の差し出す命令書を、<天上使>の私は 恭しく受け取った。
「この人物を、指定の場所まで 案内すれば良いのですね?」
「そうだ」
「─ キストリ派の開祖、ラムスイ」
「ああ。救いようがない 大罪人だ…」
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死せるものは すべからく、自らの行き先を決める審判を受けなければいけない。
生前に、素晴らしい善行を為したと評価された者は、<至高の存在>に祝福された地 <天上界>に入る事が出来る。
一方、甚だしい悪行を為しと見做された者は、不浄な暗黒の地 <地下界>に落とされる事になる。
著しく善行も悪行も為していないとされたものは、<中間界>へと赴き、<天上界>へと入る資格を得るために、<告解域>で徳を積むのだ。
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<死後の審判の場>へと続く大路。
自らの行き先を決めて貰うために、多くの亡者が そこを歩いていた。
上空から、その様子を眺める私。
目的の人物は すぐに見つかった。
男の正面に、静かに舞い降りる。
「─ お迎えに あがりました」
「て…<天上使>か!?」
「貴方の処遇は、既に決まっております。審判など受ける必要は ございません」
私が指し示す手の先に、まばゆい光と共に空間が開き、別の道が現れる。
「ご案内させて頂きますので、こちらにどうぞ──」
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「当然…吾輩は……」
長い事、黙って私の後を歩いていたラムスイが 呟いた。
「─ <天上界>に案内されるのであろうな?」
「まさか」
立ち止まって、私は振り返る。
「今の貴方には、<天上界>に入る資格など ありません」
「な、何故だ?」
「罪人ですから」
「わ、吾輩がか?」
「はい」
ゆっくりと私は、ラムスイに近づいた。
「自分の都合で…<至高の存在>の真の教えを捻じ曲げ、流布した罪は重いですよ?」
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「魂は本来、世俗の欲に囚われず、地道に善行や功徳を積んでこそ 救済されるもの。それが<至高の存在>のお教えの筈──」
沈黙したままのラムスイの目を、私は覗き込む。
「ところが貴方は『教会にお金を積んで祈ってこそ 魂は救済される』と、説いて回りましたね?」
「わ、我が宗派の勢力を伸ばし…あまねく<至高の存在>の栄光を世間に知らしめるための方便じゃ……」
「だからといって、正しい教えを冒涜する事など 許されません」
「で、では…吾輩は」
ラムスイの顔面は蒼白になった。
「お、落とされるのか? <地下界>に──」
「ご安心下さい。貴方の功績を鑑みた<至高の存在>から、お慈悲を賜っております」
「…おお。」
「<告解域>で、不眠不休・飲まず食わずで 666年と6ヶ月、<至高の存在>を讃える行で徳を積めば、特別に<天上界>に入る資格を与えるとの事です」
「ろ、ろっぴゃく…」
「が、その前に貴方には 終わらせるべき贖罪があります。」
「…何故吾輩が、そんな事を──」
「貴方が広めた偽りを信じたおかげで、<天上界>に入れずにいる信者が大勢います。その者たちを救うために、貴方は 自分の罪を贖わなければなりません」
「ど…どうしろと……」
「今 向かっている場所は、<中間界>と<地下界>の間にある<虚空域>です。貴方にはそこで、1111年と11ヶ月 過ごして頂きます」
膝から地面に、ラムスイが崩れ落ちる。
「い、いっそ…<地下界>に落として……」
「曲がりなりにも<至高の存在>を讃える教えを説き 世間に流布した人間を、<地下界>に落とす事など出来ません。そんな事をしては、<天上界>の威信に傷が付いてしまいます」
顔を上げたラムスイに、私は微笑む。
「─ 何よりも、<至高の存在>が ひどくお怒りなのですよ。」
大罪人 紀之介 @otnknsk
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