薄紅色の花

花もも

第1話 「無敵の王子」

 王都の裏街道に出ると、日差しは木々に遮られて届かなくなった。

 昼間である筈なのに、まるで夜のような静けさと暗闇は、ディティールには慣れっこだった。

 国の第一王子という身分でありながら、一人の共も付けずに歩くとは、無謀も良いところである。

 ディティール付きの侍女や執事達から、叱責や長い小言を言われるだろうが、ディティールにとってはさほど問題ではなかった。

 暗闇の中で、フクロウの鳴き声がどこからともなく聞こえてきた。

 一度入れば正しい道が分からぬ者は永遠に彷徨い続ける、と言われるこの「暗闇の森」には、遠い昔から魔女が住んでいた。

 ディティールは幼い頃から魔女と面識があり、城を抜け出しては幼馴染のニーナと一緒に会いに行っていた。

 そういう仲である。

 突然の訪問であっても、魔女には無礼にならないらしい。

 いつも笑顔で迎え、温かい飲み物と手作りのお菓子を用意して待っていてくれるのだ。

 思い出というのは、とても儚いものだ。

 成長し、大人になるにつれて「王子」という立場が自分を自由にさせてくれなくなっていた。

 そして今日は、実に都合よく城を抜け出せるチャンスだった。

 今、城の中では王子が何処へ行こうが、何をしていようが、そんなことはお構いなしの状態だ。

 行方不明となった高位魔術師の捜索で、人手が必要としており、てんやわんやの状態である。

 今日はそこを抜け出して来たのだ。

 そしてディティールは、真っ直ぐ魔女の待つ「森の広場」へ向かっていった。

 森の中の空気は非常に清らかで澄んでいた。

 なのに、国の人々は魔女を良く思っていない。

 得体のしれない魔女の存在は、小さな子ども達を叱るのに、

「言うこと聞かないと、魔女に言いつけますよ‼」

と言うだけで怖がらせる存在なのだ。

 もちろん、王子であるディティールが、そんな話を知らない訳がない。

 乳母であるオルセ家のビヨンセなど、ニーナとイタズラする度に、

「お仕置きですよ‼」

 と言って暗闇の森の色んな怪物の話を持ち出すのであった。

 しかし、幼いディティールは思った。

 たとえ寿命が1000年超える魔女だって、友達が欲しいに決まっている、と。

 だから、怪物の話を持ち出されても

「でも、それはまじょのお友だちでしょ?」

と言い返すのが専らで、ビヨンセの手を煩わせたものである。

 この王子が怖いもの知らずだということは、たちまち国中に広がっていったので、ディテールには「無敵の王子」という異名がついているのである。


「…『無敵の王子』…ねぇ…」


 一人そそくさと、夜のような森を歩く18になった歳若い王子は、その異名の名を呟くと口を尖らせた。

 普段着とは言え、とても庶民の生活では手に入らないような上質な絹の羽織りに芋虫や羽虫がついてくるのだ。

 虫達を手で軽く追い払いながら、今から会いに行く魔女の姿を思い浮かべた。


 乳母の話は怖くなかったし、魔女の存在も怖くないが、二人とも怒ると鬼のような形相や出で立ちをするので、ディテールはどちらにも頭が上がらなかった。


「無敵の王子」という異名など、所詮庶民の間で作り上げられた架空の人物なのである。



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