✿ 第二印 神様テイクアウト ✿

第10話 神社と祭神

 サクラのお腹が膨れたところで凪はいくつかの質問を投げ、事情を把握した。


 しかし、それが簡単には受け入れられない話だったため、頭がごちゃついている。


「待ってくれ! えーっと、ちょっと整理します。まず、サクラはこの神社に祭られていた神様なんだよね? 縁結びの神様で、たくさんの人の縁を結んできた、と」

「はい、そーです!」

「でも、六年くらい前から人が来なくなって、神社が急速に廃れていった。それで『信仰の力』を失ったサクラは、神様としての姿を保てなくなって、神社と共に消滅しかけていた。そこに、俺が来て……?」

「うんっ! ナギがこの神社を見つけてくれて、お参りしてくれて、何よりサクラの朱印を持ってくれてたから姿を取り戻せたの! すごいよね! キセキだよー!」


 太陽みたいな眩しい笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねるサクラ。

 あまりに愛らしい姿に凪はちょっと我を忘れかけたが、すぐに考えを戻す。


「いや、でも俺以外にも誰か人は来ただろ? この山って地元では人気のハイキングコースだし、いくらなんでも六年ちょっとでここまでは……」


 そんな疑問に、サクラはふるふると首を横に振った。


「うぅん、それはムリなの。この神社は、もうなくなっているから・・・・・・・・・・・


 予想していなかった返答に、まばたきも忘れる凪。


 ――なくなっている?

 確かにボロボロにはなっているが、かろうじて形はまだ残っている。一体それはどういう意味なのかと凪は考える。


 サクラはちょこんと賽銭箱の上に腰掛けて、賽銭箱を撫でながら続けた。


「あのね、祭神と神社はつながってるの。だから祭神サクラが力を失うと、神社も一緒にこの世界から消えちゃう。世界との〝縁〟が切れて、みんなから忘れられちゃうんだよ。それを、神が滅びるって書いて〝神滅しんめつ〟って言うの。そうなると、もう誰にも見えないし、境内に入ってくることもできないよ。だからナギは特別っ!」

「神滅……」

「うん、神様の学校で一番最初に習うことなんだよ。ちゃんと覚えてた!」

「か、神様の学校? ええっと、じゃあさっきのカラスたちもその神滅に関係してるのかな。あれも、きっと普通じゃないよな」


 訊きたいことがたくさん出てくる。

 話についていくのが精一杯の凪に、サクラは丁寧に説明を続けてくれた。


「うん。でもあの子たちは生き物じゃないよ。神のいなくなった場所はね、〝穢れ〟が溜まりやすくなっちゃうから、それがカラスさんの形に見えただけだよ。やっぱり神社はキレイにしなきゃダメなのです! サクラの友達もよくそう言ってたなぁ~」

「そ、そういうものなのか。正直まだ理解できてないけど……でもさ、サクラはどうして神様の力を失ったんだ? それがこうなった原因なんだろ?」

「それは…………ううー、よく覚えてないの……」

「覚えてない?」

「うん。なんだかね、思い出そうとするとムムムーってなっちゃって」


 頭を押さえて口をむずむずさせるサクラ。どうやら〝神滅〟という現象をおこしかけていた後遺症なのか、記憶が混濁してしまっているらしかった。


 凪はそんな彼女を気遣い、すぐに話を変えることにする。


「それじゃあ、俺はどうしてこの神社に入れたんだろ。さっき俺は特別って言ってたけど、俺、たぶんごく普通の一般人だと思うんだけど……」


 さらなる疑問だった。

 すると、サクラは嬉しそうに笑って答える。


「ナギは普通じゃないよ、だからキセキなの!」

「へ?」


 ぴょんと賽銭箱から降りたサクラの大きな瞳に、凪の姿が映り込む。


「ナギの身体にはね、すっご~い神通力じんつうりきが宿ってるの! あ、神通力っていうのがサクラが失った力のことなの。きっとナギは長い間〝神域〟の中にいて、たくさんの神様と触れ合ってきたんだねっ!」

「神通力なら聞いたことあるけど……俺にっ?」

「うんっ! でもただ触れ合っただけじゃなくて、ナギはそれを受け入れられる大きな器を持ってるの! サクラと同じくらいあるよー! すごいすごいっ!」

「まったく自覚がない……。あ、でもそういえば月姉たちにも言われたことが……」


『天乃湯神社』に引き取られて六年間。

 これまでに多くの神社を巡ってきた凪だったが、まさか自分にそんな力が身についているとは気付かなかった。月音と彼女の両親から神職の才能があると言われてはきたが、それはこういう意味だったのかもしれない。


「それにね、一番すごいのはサクラの朱印を持っててくれたことなの!」

「あ……」


 カラスたちによってボロボロにされたお守りを手に取る凪。

 その中に入っていた一枚の御朱印札。サクラはそこから飛び出してきた。


「その朱印に宿ってるサクラの力が、ナギの神通力の元になってるみたい。だからナギはサクラのことが見えるし、サクラの神社も見つけられたんだよ~!」

「このお守りに……サクラの力が……」


 お守りを見つめる凪。サクラはそんな凪を見つめて言う。


「それにね、ナギは、こんな古い神社にもちゃんと礼儀を尽くしてくれたよね。だから、サクラはまたこの世界と繋がることができたの。ナギ、ほんとにありがとう。こうやってナギと会えたことが、サクラはイチバンうれしいですっ!」


 サクラは笑顔で凪の前にやってくると、その小さな両手で凪の手を包み込む。彼女から感じられる確かな温もりに、凪は目の前の少女が幻でないことを確信した。


「夢……じゃないみたいだな。はは、全部マジなのか……」


 サクラが御朱印から出てきた瞬間や、カラスたちを不思議な力で浄化した瞬間など、普通ではとても信じられない状況を目の当たりにしたことで、既に凪の中でサクラが紛れもない『神様』であることは納得出来ていた。むしろ神様でないのなら何なのか。そちらの方が理解に苦しむ。

 けれどもまだ、疑問は残った。

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