第4話 神社での朝
凪が玄関を出ると、境内には春らしい色鮮やかな世界が広がる。
参道の両脇には古くに別の神社から寄贈された桜が咲き誇り、境内ではご神木である大楠の葉が春風に揺れる。初音が管理する花壇にはアルストロメリアやカランコエ、クロッカス、リナリアなど春の花が咲き匂い、深呼吸すれば清香が心を和ませた。
凪は、貴重な神代杉で造られた拝殿でいつものように参拝を済ませる。『神人和楽』の言葉が書かれた神額が、朝日を浴びて輝いていた。
凪が暮らす家は、古くからの名社『天乃湯神社』の中にある。
この神社は『天乃湯
凪は鳥居をくぐりぬけ、境内の入り口である石階段の上に立った。
風光る季節。頂上からは広大な相模湾が一望でき、水平線から昇る眩しい朝日が海や街をキラキラと照らす。毎朝のこの光景を、凪は楽しみにしていた。
「良い朝だなぁ。汐も、ここからの景色が好きだったっけ」
思い出されるのは、遠い夏の日。かつて凪の袖を引いた幼い妹の姿。
ふと――凪はそばに妹の気配を感じた気がした。
もちろん妹の姿は見えないが、時折こんな不思議な感覚になる。もしかしたら神社で過ごすようになったせいかなと、凪はそんな風に思っていた。
そんなとき、一人のお婆さんがゆっくりと階段を上ってきた。氏子として祭りの仕事などを手伝ってくれる顔なじみで、いつも凪に良くしてくれるご近所さんである。
「あ、おはようございます。今朝もお参りですか」
「あらぁ、おはよう凪くん。そうなのよ。学校、がんばってねぇ」
普段通りの挨拶を交わす凪だったが、途中、お婆さんが階段から足を踏み外して後ろに体勢を崩してしまう。
「! 危ないっ!」
凪はすぐに右手でお婆さんの手を掴むも、強く引かれて踏ん張りきれなくなる。
そこで、凪の左手を誰かが引っ張り上げてくれた。
おかげで体勢を取り戻した凪は、すぐにお婆さんを引き寄せて助けることができた。
お婆さんは凪に何度もお礼を言って、そのまま拝殿へと向かっていく。
「ふぅ~良かった……月姉ありがと。助かっ――え?」
手を引いてくれたのはてっきり月音だと思った凪だが、近くには誰もいない。
「え? え? ……ひょっとして、うちの神様だったり?」
「凪ちゃ~ん、おまたせ~!」
直後に、玄関を飛び出した月音が金髪を揺らしながら走ってくる。
二人は揃って階段を降りると、神社前のバス停からいつもの時間に乗車。凪は車窓に見える神社へ向かって手を合わせておいた。
「凪ちゃん、どうしてうちに手を合わせてるの? あ、わかった! お姉ちゃんと結婚できますようにってお願いしてるんだね! 凪ちゃん可愛い~♥」
「違わいっ! 改めてうちの神様に感謝してたの! ああほら座って危ないから!」
雄大な富士の絶景を眺めることが出来る路線バスは、主に海岸線を走っていく。
この辺りは寺社が多く、海や山の自然が豊富であり、アクティビティも盛んだ。また、近くに有名な観光地、温泉地などがあり、観光用のフリーパスもあるため、この路線バスを利用する客も増えた。そのため、今朝も空席はわずかに一つのみ。その席には月音が座り、代わりに凪の鞄を持ってくれていた。
立ったままの凪が、通り過ぎる海産物の土産店やサーフショップなどを眺めていると、月音が凪の鞄に付いている桜の刺繍のお守りに触れながら言った。
「ねぇ凪ちゃん。今日も御朱印巡り、行くの?」
「良い天気だからね。と言っても、もうこの町のマップに載ってる三十二カ所は回っちゃったから、あとは例の最後の一か所だけなんだよなぁ」
「そっかぁ。まだ誰にも見つかってないんだよね? 確か……縁結びの御利益がある三十三カ所の神社を巡って御朱印を集めると、縁結びのお願いが必ず叶うんだよね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます